塗壁
ぬりかべ · 塗り壁 · 狸の塗り壁
九州北部に伝わる妖怪。夜道で見えない壁となって人の行く手を阻む。下を棒で払うと消えるという。柳田國男の採録で知られるようになった。
解説
概要
塗壁(ぬりかべ)は、日本の九州北部に伝わる妖怪。夜道を歩く人の前に、見えない壁となって立ちはだかり、行く手を阻む。柳田國男が昭和期にその伝承を採取して広く知られるようになった。今日では、水木しげるの描いた目と手足を持つ巨大な壁の姿が一般に定着しているが、これは伝承を基にした創作である。伝承の塗壁はあくまで、目に見えない壁として語られてきた。
由来と物語
文献上の記録は、柳田國男が昭和13年(1938年)に発表した『妖怪名彙』を初出とする。福岡県遠賀郡の海岸地方の伝えとして、夜道を歩いていると突然に目の前が壁のようになって進めなくなる、横へ回ろうとしても左右どこまでも壁が続いてよけられない、と記す。上を叩いても蹴っても動かないが、下のほうを棒で払うと消えるという。この「下を払えば消える」という対処法が、伝承の塗壁を特徴づけている。
大分県では、これをタヌキやイタチの仕業とする「狸の塗り壁」「鼬の塗り壁」が各地に伝わる。タヌキが陰嚢を広げて夜道を行く人の視界を塞ぐのだ、あるいは着物の帯の結び目に乗って両手で目を塞ぐのだ、という説明もある。いずれの場合も、その場に座り込んで煙草を一服すれば視界が開けて進めるようになるとされた。大分県臼杵市には、水を弾く「油漆喰」という壁の技法が異様な見た目から妖怪伝説を生んだのだ、という発祥説も伝わる。
類話は各地にある。高知県幡多郡の野襖(のぶすま)は、夜道に襖のような壁ができて上下左右きりなく続き、気づいた者は気絶するが、落ち着いて煙草をふかすと消える。徳島県には衝立や蚊帳の形で道を塞ぐ衝立狸・蚊帳吊り狸が、壱岐にはヌリボウが伝わる。夜道で人の歩みを阻む見えない壁という怪異は、名を変えて西日本に広く分布している。
図像と象徴
塗壁をめぐっては、図像に関わる論争がある。アメリカのブリガムヤング大学が所蔵する妖怪絵巻『化物之繪』(1660年頃成立とされる)に、「ぬりかべ」と添え書きされた図がある。白い犬か象のような三つ目の獣の姿で、本項に掲げるのがこの図である。国内の狩野由信『化物づくし絵巻』(1802年)にもほぼ同じ図があり、こちらは添え書きを欠いていたため長く画題が不明だったが、2007年に米国所蔵本との一致から「ぬりかべ」と判明した。
しかし、この絵巻の「ぬりかべ」と、柳田が伝える壁の怪異が同じものかどうかは定かでない。京極夏彦・多田克己・村上健司ら妖怪研究家は、名が同じでも別の妖怪である例は多く、両者が無関係の可能性を指摘する。名だけが九州に流布し、道を塞ぐ怪異に当てはめられて民俗語彙となった、という見方もある。小松和彦らも両者の関連を「不明」とする。したがって本項の図は、伝承の壁そのものではなく、「ぬりかべ」の名を負う近世の獣型妖怪の図として掲げている。
もう一つ、『稲生物怪録』に描かれる、壁に目と口が現れて人を睨む図を塗壁の祖形とみる説もかつてあったが、本文ではこれを「壁の形地」と呼んでおり、塗壁との直接の関係は確かめられない。
象徴として読めば、塗壁は方向感覚の喪失そのものの形象化である。夜道で不意に進めなくなる、どちらへ行っても行き止まる——闇のなかで人が経験するこの感覚に、壁という具体的な形が与えられている。
関わる伝承
道を塞ぐ怪異は、しばしばタヌキと結びつく。西日本ではタヌキの化かしの一種として語られることが多く、煙草を一服するという対処法が広く共有されている。これは、慌てず落ち着けば怪異は解けるという、化かしへの対し方の定型でもある。
熊本では「壁塗り(かべぬり)」の名で、夜道に黒い壁が現れて行く手をさえぎると報告されている。臼杵では観光の絵葉書になるほど知られた怪異であった。
文化的足跡
塗壁を全国区の妖怪にしたのは、水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』(1960年代初出)である。作中で鬼太郎の仲間として登場する塗壁は、目と手足を備えた巨大な壁の姿をとり、相手を自らの胴の中に塗り込める能力を持つ。もとは九州の一部に限られた無名の妖怪だったが、この作品を通じて一躍知られ、「好きな妖怪」の上位に挙げられるまでになった。平成以降の妖怪事典が「塗壁は体の中に何でも塗り込める」と解説することがあるのは、この創作が逆に伝承を書き換えた例である。
水木自身は、第二次大戦中に南方のラバウルで、コールタールを固めたような壁に囲まれて身動きが取れなくなった体験を語っている。塗壁は今日、目と手足を持つ愛嬌ある巨体として親しまれているが、その原型は、九州の夜道で人の歩みを不意に止めた、姿なき壁であった。