醜き婦人
醜き婦人 · ローズリー・レディ · フラフィス
醜い女が男に近づかれて美しい姿に変わる中世文学の話型。アイルランドの王権の観念に遡り、泉の老婆が「私は主権である」と告げてニーアルを王とする物語が原型である。チョーサーの『バースの女房の話』では、女が求めるのは主権であるという答えを実演する。
解説
概要
醜き婦人は、中世の文学に広く見られる話型で、醜い老婆が、男に受け入れられることで美しい女性に変わるという筋をとる。最もよく知られるのはチョーサーの『バースの女房の話』である。その源は、王権を土地の女神との結婚として表したアイルランドの伝承にさかのぼると考えられている。
なお本サイトの分類では、ケルト神話の体系に含めて扱う。話型であるため群記事とする。
主権の女神
アイルランドの伝承では、五人の王子が泉に水を求めてやって来る。泉を守る醜い老婆は、口づけと引き換えに水を与えようと言う。四人の王子は拒んだが、ニーアルだけがそれに応じた。すると老婆は美しい女に変わり、「わたしは主権である」と告げた。ニーアルはこうして王となる。
アイルランド語で主権を意味するフラフィスは女性名詞であり、王が位に就くことは、土地の女神との結婚として表された。王の即位の祝宴が「婚姻の宴」と呼ばれたのはそのためである。メイヴやエーリウのように、主権や国土を体現する女神の系譜が、この話型の背景にある。
女が求めるもの
チョーサーの『バースの女房の話』では、罪を犯したアーサー王の騎士が、「女が最も望むものは何か」という問いの答えを探す旅に出される。答えを教えたのは一人の老婆で、それは「主権」であった。老婆は引き換えに騎士との結婚を求め、さらに「昼は美しく夜は醜い妻」と「昼は醜く夜は美しい妻」のどちらがよいかを選ばせる。騎士は選べず、その選択を妻に委ねる。すると妻は昼も夜も美しい姿になった。問いの答えが、物語そのものによって示されているのである。
同じ15世紀頃には、『ガウェイン卿とラグネル夫人の結婚』という中英語のロマンスもこの話型をとっており、アイルランドの主権の女神の物語がアーサー王伝説に取り込まれたと考えられている。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、醜き婦人を描いた図である。
関わる伝承
メイヴ、エーリウなど、主権や国土を体現する女神と関わる。
文化的足跡
「醜き婦人」の話型は、比較文学や中世研究で標準的な主題として論じられている。
なおケルトの伝承は今日も語り継がれており、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。