ラートーナ
ラトナ · ラトーナ · レトゥン(エトルリア語 Letun)
ローマ神話の女神。アポロとディアーナの母で、ギリシアのレートーにあたる。名はエトルリア語形を経てラテン語に入ったと考えられている。
解説
概要
ラートーナ(Latona)は、ローマにおいてアポロとディアーナの母とされた女神である。ギリシアのレートーに対応するが、その名はギリシア語から直接ではなく、エトルリア語形レトゥン(Letun)を経てラテン語に入ったと考えられている。ローマがギリシアの神格を受け入れる経路が、しばしば北のエトルリアを通ったことを示す一例である。
神話・物語
物語の骨格はギリシアから受け継がれた。しかしそれを最も詳しく、そして最も広く後世へ伝えたのはローマの詩人である。オウィディウス『変身物語』第6巻は、ラートーナに関わる二つの逸話を並べて語る。
一つはニオベーの物語である。テーバイの王妃ニオベーは、二人しか子を産まなかった女神より七男七女の自分こそ優れた母だと公言し、市民に女神への供犠をやめさせた。訴えを聞いたアポロとディアーナは、ニオベーの子を残らず射殺する。ニオベーは涙を流したまま石と化した。
いま一つはリュキアの農夫の話で、こちらはオウィディウス以前にまとまった形で伝える資料がない。生まれたばかりの双子を抱いて渇きに苦しむラートーナが泉の水を求めると、土地の農夫たちはこれを拒み、泥をかき立てて水を濁らせた。女神は彼らを永久にその沼の住人とした——蛙となって。罵り声がそのまま濁った鳴き声へ移り変わってゆく描写は、『変身物語』のなかでも印象の強い場面の一つである。
図像と象徴
ローマにおけるラートーナの図像は、単独ではなく三柱一組で現れる。前28年に献堂されたパラティヌスのアポロ神殿は、内陣にギリシアの名匠の手になる三体の像を据えた。大プリニウス『博物誌』によれば、アポロはスコパース、ディアーナはティモテオス、ラートーナはケフィソドトスの作である。ギリシアから運ばれた古典期の彫刻をローマの国家的神殿に据えるという構成そのものが、アウグストゥス時代の文化政策を示している。
長衣を纏い、しばしば頭にヴェールを被る成熟した女性という造形は、ギリシアのレートーを引き継ぐ。後期ローマの作例には、二人の幼子を抱えて逃れる姿を刻んだものがあり、迫害される母という主題が帝政末期まで生き続けたことを示している。
系譜と関係
ティーターン神族のコエウスとポエベーの娘。ユーピテルとの間にアポロとディアーナを産んだ。ローマがギリシアの神々を取り込む際、アポロだけは名を変えずに受け入れられ、アルテミスは土着の森の女神ディアーナと結ばれ、レートーはラートーナという中間的な形を得た。三者それぞれで受容の仕方が異なる点に、インテルプレタティオ・ロマーナが単なる翻訳ではなかったことが表れている。
文化的足跡
ホラーティウスが前17年の世紀祭のために書いた『世紀の歌』は、アポロとディアーナに呼びかけ、その母の名を織り込む。アウグストゥスの体制がアポロを守護神に据えたことで、ラートーナもまた国家祭祀の圏内に入った。
近代美術における最大の記念は、ヴェルサイユ宮殿庭園のラトナの泉である。1670年代にマルシー兄弟が制作したこの噴水では、水盤の縁に配された農夫たちが、人から蛙へ段階的に変わってゆく姿で表される。オウィディウスの叙述を彫刻に翻案したもので、宮殿から庭園へ下る軸線の起点に置かれた。フロンドの乱に苦しんだ王母アンヌ・ドートリッシュとルイ14世を、ラートーナと子らに重ねる寓意として読む説もある。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。