ラッジャー・ガウリー
ラッジャー・ガウリー · Lajja Gauri
頭部が開いた蓮の花で表され、両脚を大きく開いた出産の姿勢をとる豊穣の女神。顔を持たないことで個人でなく豊穣の力そのものを表す。「恥じらいのガウリー」という名は近代の研究者が便宜上与えたもので、古代の名は分からない。
解説
概要
ラッジャー・ガウリーは、ヒンドゥーの美術に現れる、頭部が開いた蓮の花で表され、両脚を大きく開いた出産の姿勢をとる女神の像である。豊かさと出産にかかわる女神と考えられ、顔を持たないことで、特定の個人ではなく豊穣の力そのものを表している。古代の名は伝わっておらず、「恥じらいのガウリー」という名は近代の研究者が便宜上与えたものである。
信仰
「ラッジャー」は恥や慎みを意味する語で、あらわな姿の女神をあえて「恥じらい」と呼んだ名である。この名は近代の研究者がつけたもので、古代の人々がこの女神をどう呼んでいたのかは分からない。今日、一部の地域では、この像がレーヌカーやアディティとして祀られている。
1世紀から12世紀にかけての像が、デカン高原を中心に数多く見つかっている。寺院の壁面に刻まれたものも、小さな奉納像もある。子を求める女性たちが祀ったものとみられる。インダス文明の印章にも似た姿勢の図像があり、そこからのつながりを考える説もあるが、確かな根拠はない。
図像と象徴
顔がなく、頭の位置に開いた蓮の花が置かれる。両脚を大きく開いた姿勢は出産、あるいは交わりの姿勢と解され、性器もあらわに表される。手に蓮を持つ例も多い。主画像は、マディヤ・プラデーシュ州で見つかった6世紀の浮彫である。
系譜と関係
レーヌカー、アディティとして祀られることがあり、パールヴァティー(ガウリー)の一つの姿ともされる。
文化的足跡
ラッジャー・ガウリーの像は、今日も一部の地域で子授けの対象として祀られている。
なおヒンドゥー教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。