クペ
クペ · Kupe
ハワイキからニュージーランドへ渡った最初の人物とされるマオリの航海者。大蛸を追って南西へ航海し、妻が「長く白い雲」=アオテアロアと呼んだ。「クペが発見し大艦隊が移住した」という筋書きは19世紀の民族誌家による統合で、今日では否定されている。
解説
概要
クペは、マオリの人々の口承で、故郷ハワイキから海を渡ってアオテアロア(ニュージーランド)に最初に至ったとされる航海者である。多くの部族の伝承で、その到来がマオリの人々のニュージーランドへの定住の始まりとされる。ただし、伝承の内容は部族によって大きく異なり、「クペが発見し、大艦隊が移住した」というよく知られた筋書きは、19世紀の民族誌家が複数の伝承をまとめて作ったものである。
なお本サイトの分類では、ポリネシア神話の体系に含めて扱う。
大蛸を追って
最も広く伝わる版によれば、クペは大蛸テ・ウェケ・ア・ムトゥランギに漁を妨げられていた。クペは蛸を追ってハワイキを発ち、南西へと航海した。長い追跡の末、今日のクック海峡で蛸を仕留めた。その途中、妻のクーラマーロータニが遠くに白い雲の連なりを見て、「アオテアロア」(長く白い雲)と呼んだという。これが、ニュージーランドのマオリ語の名の由来とされる。クペはハワイキへ戻り、新しい土地のことを伝えた。その後、多くのカヌーがそれに続いて海を渡ったという。クペ自身は二度と戻らなかったと伝えられ、「クペは戻らないと言った」という言い回しは、固い決意を表す言葉となっている。
伝承の多様さ
クペの物語は、部族によって大きく異なる。10世紀のこととする伝承もあれば、14世紀のこととする伝承もあり、クペという名の人物が何人もいたとする説もある。「クペが発見し、大艦隊が移住した」という筋書きは、19世紀後半にパーシー・スミスら植民地時代の民族誌家が、複数の部族の伝承をまとめて作り上げたものである。この「大艦隊説」は、20世紀後半に学問的に否定された。実際の移住は何度にもわたって行われ、一つの艦隊によるものではなかった。今日では、まとめ上げられた物語よりも、それぞれの部族の伝承をその部族のものとして扱うことが重んじられている。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ウェリントンの海辺に立つクペの像で、妻のヒネ・テ・アパーランギらとともに表されている。
ウェリントンには、1940年に作られたクペの像が立っている。
関わる伝承
ハワイキから海を渡った。妻はクーラマーロータニである。
神ではなく実在の祖先として語られる人物には、恋人のもとへロトルア湖を泳いで渡ったヒネモアもいる。
チャタム諸島に移り住んだモリオリの人々の首長ヌヌク・フェヌアは、殺し合いを禁じる掟を定めたと伝えられる。
文化的足跡
クペの名は、ニュージーランドの地名や団体の名に広く用いられている。
なおマオリの伝統は今日も継承されている生きた文化であり、系譜(ファカパパ)は特定の部族(イウィ)に属する知でもある。本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。