キルタ
ケレト · Keret · Kirta
ウガリットの詩に歌われるフブルの王。七人の妻と子をすべて失い、エールの夢の指示に従って遠征して妻を得たが、アーシラトへの誓いを忘れて病んだ。エールが泥から作った存在に癒されたが、子が退位を迫るところで粘土板は途切れる。
解説
概要
キルタ(ウガリット語 krt。旧来の読みでケレト)は、ウガリットの詩『キルタ物語』(KTU 1.14〜1.16)の主人公で、フブルの王である。妻と子をすべて失った王が、エールの夢のお告げに従って遠征して新たな妻を得るが、女神への誓いを果たさなかったために病に倒れる。神の子と呼ばれる王であっても病み、子に退位を迫られる。王権のもろさを描いた物語であり、『バアル叙事詩』『アクハト物語』と並ぶウガリット文学の代表作である。
神話・物語
キルタの家は滅び、妻は次々に死に、子も失われて、王はただ一人残される。泣きながら眠ったキルタの夢に、父と呼ばれるエールが現れ、「銀や金が欲しいのか」と問う。キルタは子が欲しいと答える。エールは、犠牲を捧げ、大軍を率いてウドゥムの地へ行き、王パビルの娘フリヤを妻に求めよと命じる。
キルタは言われたとおりに進軍し、途中、テュロスとシドンの女神アーシラトの聖所で、フリヤを得られたらその重さの二倍の銀と三倍の金を捧げると誓う。ウドゥムの王は財宝を差し出して和議を求めるが、キルタは娘だけを求め、フリヤを妻として連れ帰る。神々を招いた宴で、エールはキルタを祝福し、フリヤが七人の息子と八人の娘を産むと告げる。
ところがキルタはアーシラトへの誓いを果たさず、女神の怒りによって重い病に倒れる。王が病むと大地は乾き、畑は実りを失う。神々の誰も病を除けないため、エールは自ら泥をこねてシャティカトゥを造り、これがキルタの病を取り去る。回復したキルタに、長子ヤシブは「病んだ王は寡婦や孤児の訴えを裁けない。退け」と迫る。キルタが息子を呪う言葉で、粘土板は途切れている。
図像と象徴
キルタ王を表した像は知られておらず、本サイトも主画像を掲げない。物語は三枚の粘土板に記され、書記イリミルクの写本として伝わる。
系譜と関係
キルタは「エールの子」と呼ばれ、王を神の子とする観念を示す。妻はウドゥムの王パビルの娘フリヤで、長子ヤシブのほか、末娘ティトマニトに長子の権を与えるとエールは告げる。
文化的足跡
王の病が国土の不毛に結びつき、正義を行えない王は退位を迫られるという筋は、古代の近東の王権観を伝える資料として重んじられている。ヤシブの言葉にある、寡婦や孤児の訴えを裁くことを王の務めとする考えは、ヘブライ語聖書の王の理想とも重なる。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。