カーヴェ
カーヴェ · 鍛冶屋カーヴェ · Kaveh
『シャー・ナーメ』で暴君ザッハークへの民衆の蜂起を導いた鍛冶屋。蛇に子を奪われて宮廷で王をののしり、革の前掛けを槍に掲げて人々を集め、フェリドゥーンを王に立てた。前掛けは宝石で飾られてイランの王旗となった。イランとクルドで抵抗の象徴とされる。
解説
概要
鍛冶屋カーヴェは、フェルドウスィーの『シャー・ナーメ』に登場する人物で、暴君ザッハークに対する民衆の蜂起を導いた。その革の前掛けが反乱の旗となり、のちイランの王旗「カーヴェの旗」(デラフシュ・カーヴィヤーニー)となったと語られる。ペルシア神話の体系に含めて扱う。
神話・物語
暴君ザッハークは、両肩から生えた蛇に、毎日二人の若者の脳を与えていた。鍛冶屋のカーヴェは、十八人の子のうち十七人を奪われ、最後の一人まで求められたとき、ついに宮廷へ乗り込んだ。ザッハークは、民に支持されているように見せかけるため、自らの善政を認める文書に署名を集めていた。カーヴェはその文書を引き裂き、王をののしった。宮廷を出たカーヴェは、自分の革の前掛けを槍の先に掲げ、人々に立ち上がるよう呼びかけた。人々が集まってフェリドゥーンを王に立て、ザッハークを倒したのである。
フェリドゥーンは、カーヴェの前掛けを宝石で飾り、王の旗とした。これが「デラフシュ・カーヴィヤーニー」(カーヴェの旗)で、以後イランの王朝はこの旗を用いたとされ、サーサーン朝の旗がこれにあたるという。636年頃のカーディシーヤの戦いでアラブの軍がサーサーン朝の軍を破ったとき、この旗は奪われて切り分けられたと伝えられる。
信仰
カーヴェは、イランの人々とクルドの人々の双方で、圧政への抵抗の象徴とされている。クルドの伝統では、カーヴェが蜂起した日が新年のネウロズ(ノウルーズ)であるとされ、火を焚いて祝う。この結びつきは、クルドの人々の民族としての自覚のなかで重要な位置を占めている。20世紀以降、イランとクルドの政治運動のなかで、カーヴェの名と旗は繰り返し用いられてきた。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、雑誌『カーヴェ』の表紙である(1916年、ベルリンで発行されたペルシア語誌)。
系譜と関係
ザッハークに抵抗した。フェリドゥーンを擁立した。
文化的足跡
イランとクルドの各地に、カーヴェの名を冠する通り、学校、団体がある。
なおゾロアスター教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその神格と伝承に関する学術的な整理である。