カーヴェ
カーヴェ · 鍛冶屋カーヴェ · Kaveh
暴君ザッハークへの民衆蜂起を導いた鍛冶屋。蛇に子を奪われて宮廷で王を罵り、革の前掛けを槍に掲げて人々を集めた。その前掛けは宝石で飾られてイランの王旗となった。イランとクルドの双方で圧政への抵抗の象徴とされる。
解説
概要
鍛冶屋カーヴェは、イラン神話における人物であり、暴君ザッハークに対する民衆の蜂起を導いた。
『シャー・ナーメ』において、その革の前掛けが反乱の旗となり、以後イランの王旗「カーヴェの旗」(デラフシュ・カーヴィヤーニー)となった。
物語
ザッハークは、両肩から生えた蛇に毎日二人の若者の脳を与えていた。
子を奪われる。 カーヴェは十八人の子のうち十七人を奪われた。最後の一人を求められたとき、ついに宮廷へ赴いた。
訴え。 ザッハークは民の支持を装うため、自らの善政を認める文書に署名を集めていた。カーヴェはこれを引き裂き、王を罵った。
旗。 宮廷を出たカーヴェは、自らの革の前掛けを槍の先に掲げ、民に蜂起を呼びかけた。
人々が集まり、フェリドゥーンを擁立してザッハークを倒した。
カーヴェの旗
フェリドゥーンは、カーヴェの前掛けを宝石で飾り、王旗とした。
デラフシュ・カーヴィヤーニー。 以後、イランの王朝はこの旗を用いたとされる。サーサーン朝の旗がこれにあたるという。
651年、アラブ軍がサーサーン朝を破ったとき、この旗は分割されたと伝えられる。
職人の前掛けが王旗になる。 民衆の蜂起の徴が、王権の象徴に転じる。
現代における位置
カーヴェは、イランとクルドの双方において、圧政への抵抗の象徴とされる。
ノウルーズとの結びつき。 クルドの伝統において、カーヴェの蜂起の日がネウロズ(ノウルーズ、新年)であるとされ、火を焚いて祝う。
この結びつきは、クルドの民族的なアイデンティティにおいて重要な位置を占める。
政治的な用法。 20世紀以降、イランとクルドの政治運動において、カーヴェの名と旗が繰り返し用いられてきた。
伝説の人物が、現代の政治的な象徴として機能している。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、雑誌『カーヴェ』の表紙である(1916年、ベルリンで発行されたペルシア語誌)。
関わる神格・伝承
ザッハークに抵抗した。フェリドゥーンを擁立した。
文化的足跡
イランとクルドの各地に、カーヴェの名を冠する通り、学校、団体がある。
なおゾロアスター教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその神格と伝承に関する学術的な整理である。