テオニム THEONYM · 世界神話アーカイブ 神格を検索
カルッパサーミ
PLATE — கருப்பசாமி
BHARATA · ヒンドゥー神話
கருப்பசாமி

カルッパサーミ

カルッパンナサーミ · カルッパンナスワーミ · カルッパラーヤン

カルッパサーミ像/GShas, CC0 CC0

タミルの民間信仰で最も広く祀られる守護神。村の境を守り、誓いと裁きの場となる。ナーヤカ期の在地首長を原型とし、英雄石崇拝の伝統に根ざす。

01

解説

概要

カルッパサーミ(タミル語 கருப்பசாமி、カルッパンナサーミ、カルッパラーヤンとも)は、タミルの民間信仰において最も広く祀られる守護神(カヴァル・デイヴァム)である。タミル・ナードゥ州を中心に、ケーララ州、スリランカ、マレーシア、シンガポールで信仰される。

激しい守護者、正義の担い手、そしてダルマ(法)の執行者として、南インドの民間宗教の伝統において篤く崇められている。名は「黒い神」を意味する。

タミルの共同体においては、村を守るカヴァル・デイヴァムであると同時に、氏族や祖霊の神(クラ・デイヴァム)としても祀られる。

神話・物語

この神の歴史的な成立は、タミル南部のナーヤカ期(16世紀半ば〜18世紀半ば)と深く結びついている。

E・ケントら歴史学者・人類学者は、この神格がパーライヤッカーラル(ポリガー、「小さな王」)——権力が分散したこの時代に台頭した在地の首長たち——をもとに形づくられたと論じる。カッラルなど武の階層から出たこれらの人物は、村の夜警として住民を守り、収穫を監督し、秩序を保つ役を担っていた。カルッパサーミの図像——武人の姿勢、逆立つ口髭、片側で結い上げた髪——は、ナーヤカ期のタミル・ナードゥ中南部の寺院の柱に見られる寄進者像とよく重なる。

より広い文脈では、この展開はナドゥカル・ヴァリパードゥ(英雄石崇拝)というタミルの古い伝統に根ざしている。戦で死んだ戦士を記念する石を立てる習俗であり、巨石文化の時代に遡る。古代の文法書『トルカーッピヤム』は、石を建てるための六段階の厳格な儀礼を記す。数世紀のあいだに、これらの戦場の記念碑は民間の祠へと変わり、在地の英雄が共同体の守護神になっていった。今日でもカルラーヤン丘陵のマライヤリ諸部族などの高地の集団は、こうした石を現に働く神として祀り、誓いを立て争いを裁く場としている。

民間伝承では、この神の信仰はポントゥカ・マラヤーラムと呼ばれる古い地方(現在のケーララ)に始まったとされる。アイヤッパンが地上に化身したとき、シヴァは自らの顕現としてカルッパサーミを遣わし、アイヤッパンの伴侶にして将とした、と語られる。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、インドで見出されたこの神の像である。

図像の要は武装と髭である。鎌刀(アルヴァール)を手にし、口髭を逆立て、髪を片側で結い上げる。多くの祠では、馬に乗る姿で表される。祠は村の境や田の外れに置かれることが多く、境界を守る神という職掌がそのまま配置に現れている。

神像に施される黒い色も特徴である。名が「黒い」を意味するとおり、この神の像はしばしば黒く塗られ、あるいは黒い石で作られる。

関わる神格・伝承

アイヤッパンの将とされる伝えを通じて、シヴァ系の神格と結びつく。ケーララのアイヤッパン信仰とタミルの守護神信仰が接する地点にあたる。

同種の村落守護神としては、アイヤナール、マドゥライ・ヴィーラン、ムニーシュヴァランらが知られる。いずれも在地の英雄や首長が神格化されたものと考えられており、汎インド的な神話体系とは別の系統をなす。

文化的足跡

タミル・ナードゥの村々には、今日もこの神の祠が数えきれないほどある。誓いを立てる場、争いを裁く場としての機能は現在も生きている。

移民とともに信仰も移動した。マレーシア、シンガポール、スリランカのタミル系共同体には、この神を祀る寺院が置かれている。村の境を守る神が、海を越えた先で共同体の境を守り続けている。

日本語圏では、ヒンドゥー教といえば汎インド的な大伝統の神々が紹介されるのが常であり、村ごとに祀られる守護神の層はほとんど知られていない。信者の数でいえば、こうした在地の神格のほうが日常に近い。

02

領分・別名

03

資料

Wikidata
Q3524835 — 骨格データの出典
Commons
Karuppasamy — 図像カテゴリ