アイヤナール
アイヤナル · アイヤン · シャースター
タミルの村落守護神。田園の祠は彩色された巨大な素焼きの馬に囲まれ、夜ごと馬に乗って村を巡回すると信じられる。記録は後3世紀の英雄石まで遡る。
解説
概要
アイヤナール(タミル語 ஐயனார்)は、南インドとスリランカで祀られるタミルの民間信仰の神である。とりわけタミルの農村部で信仰が篤い。
タミル・ナードゥの村落守護神(グラーマ・デーヴァター)の一柱であり、田園の寺院はたいてい、馬や象に乗るこの神と従者たちの巨大な彩色像に囲まれている。
サンスクリット文献ではシャースター(śāstā)の名で現れ、古いタミルの記録ではチャッタン(சாத்தன்)と記される。
神話・物語
起源と展開を再構成する材料は乏しい。
名はタミル語のアイヤ(尊称の「御方」)に由来する。最も早い言及は、タミル・ナードゥ州アールコートの狩猟首長の英雄石に見え、後3世紀まで遡る。「アイヤナッパン、チャッタンの祠」と読める碑文の句は、アイヤンとチャッタンが同一の神の名であったことを裏づける。スリランカのイスルムニヤ仏教寺院に残る人と馬の岩彫も、この神と同定されている。スリランカのシンハラ仏教徒は今日もアイヤナヤカという民間神の形でこの神を讃える。
サンスクリットの文献には、7世紀の『ブラフマーンダ・プラーナ』以降シャースターとして現れる。乳海攪拌ののち、ヴィシュヌの女性形モーヒニーとの交わりによってシヴァに生まれた子ハリハラスタの物語がそれである。南方シャイヴァ・シッダーンタのシヴァーガマ文献群にも、シャースターの図像に関する記述が多く見える。
タミル側の系統は別である。フレッド・クローシーによれば、アイヤナールは、かつてケーララとタミル・ナードゥの一部を治めたアイ首長たちの主神アイヤンをタミル風に改めたものである。牛飼いにして守護者を意味するアーヤルという語が、アイ首長とその氏族神の双方にふさわしい呼称だとも述べる。
タミルのサンガム文学には、チャッタンの名を持つ詩人や商人がしばしば現れる。4世紀頃とされる叙事詩『シラッパディハーラム』は、チャッタンの寺院と信者を記録している。7世紀のナーヤナール、アッパルは『テーヴァーラム』でシヴァをチャッタンの父として讃えた。9世紀のチョーラ朝以降、アイヤナールの人気はいっそう高まり、多くの青銅像が作られている。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、チョーラ朝後期(1100〜1350年頃)の青銅像である(チェンナイ政府博物館蔵)。
村の祠における姿は、これとは大きく異なる。彩色された巨大な素焼きの馬に乗り、あるいは馬の像に囲まれて立つ。従者の像も並び、村の境や田の外れに配される。夜ごと馬に乗って村を巡回し、外から来る災いを退けると信じられている。
素焼きの馬を奉納するという習俗が、この信仰を最も特徴づける。願をかけた者が陶工に馬を作らせて祠に納めるため、古い祠の周囲には数十年分の馬が並び、風化した順に地に還っていく。
関わる神格・伝承
ケーララのアイヤッパンと同一視されることが多い。ハリハラスタ——ヴィシュヌとシヴァの子——という系譜を共有するためである。
同じくタミルの村落守護神としてはカルッパサーミが知られ、両者はしばしば同じ祠に並んで祀られる。カルッパサーミがナーヤカ期の在地首長を原型とするのに対し、アイヤナールの記録は3世紀まで遡る。タミルの守護神信仰のなかでも、層の古さが際立っている。
チャッタンが仏教とともにタミル地方へ入ったのではないかと推測する研究者もいる。スリランカでのアイヤナヤカ信仰、イスルムニヤの岩彫といった材料が、この見方を支えている。
文化的足跡
タミル・ナードゥの農村を歩けば、素焼きの馬に囲まれたアイヤナールの祠に出会わないことはない。汎インド的な神話体系の外にありながら、実際の景観のなかで最も目につく神格の一つである。
日本語圏でこの神が紹介されることはまずない。しかし東南アジアでも過去に祀られていた可能性が指摘されており、タミル商人の移動とともに信仰が広がった範囲は、インド洋交易圏の広がりとおおむね重なる。