カンナギ
カンナキ · カンナギ・アンマン · パッティニ
タミル五大叙事詩『シラッパディハーラム』の主人公。夫の冤罪処刑に対し王の法廷で無実を証し、マドゥライを焼いた。貞節の象徴として女神に祀られる。
解説
概要
カンナギ(カンナキとも)は、タミル文学の五大叙事詩の一つ、イランゴー・アディハル作『シラッパディハーラム』(足環の物語)の主人公である。
夫コーヴァランの不貞にも耐えて添い遂げた貞節の女として描かれる。破産した夫が犯していない罪を着せられて処刑されたのち、彼女は正義を求めて王の法廷に立ち、ついにパーンディヤ朝の都マドゥライ全体に呪いをかけて焼き尽くした。
タミルの民間伝承において、彼女は貞節の象徴として神格化され、南インドとスリランカの一部で女神として祀られている。
神話・物語
カンナギはプハールの商人にして船長であるマナーヤカンの娘である。富裕な商人マーサットゥヴァンの子コーヴァランと結婚した。当初は幸福に見えた結婚生活だが、コーヴァランは遊女にして舞姫のマーダヴィに惹かれ、その美しさに囚われて不義の関係を結ぶ。財産の大半を彼女に費やし、カンナギとのあいだに緊張が生じた。
やがてコーヴァランはマーダヴィと行き違いを起こし、財産をほとんど失って自らの過ちを悟り、妻のもとへ戻る。カンナギは以前の裏切りにもかかわらず彼を赦した。二人はプハールを離れ、パーンディヤ朝の都マドゥライで新しい生活を始めることにする。
マドゥライでコーヴァランは、カンナギの二つの足環の一方を売って金を作ろうとした。ところが以前に王妃コッペルンデーヴィの足環を盗んでいた王室の金細工師が、足環が似ていることに気づき、コーヴァランを王妃の足環を盗んだ者として虚偽の告発をする。これに怒った王ネドゥンチェリヤンは、正当な裁判を経ないままコーヴァランの逮捕と処刑を命じた。
夫の処刑ののち、カンナギは王の法廷に現れ、夫の無実を証そうとして正義を求める。彼女は残る一方の足環を打ち割ってみせた。自分の足環にはルビーが入っており、王妃の失われた足環には真珠が入っていたのである。真実と自らの過ちを知った王は、悔恨のあまり自ら命を絶った。王妃コッペルンデーヴィもまた、不当な処刑がもたらした悲しみと恥に耐えられず、まもなく息絶えた。
そののちカンナギはマドゥライの都に呪いをかけ、市街は焼け落ちた。しかし女神ミーナークシーによって鎮められ、のちに解脱に至ったとされる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、チェンナイのマリーナ・ビーチに立つカンナギ像である。
寺院に残る彫刻や浮彫では、たいてい手に足環を持つ姿で表される。足環は、この物語における証拠そのものである。打ち割られて中身のルビーが転がり出た瞬間に、無実が証明され、王権が崩れる。
象徴として押さえておきたいのは、この人物が体現するものが二つあるという点である。一つは貞節。もう一つは、王の不正な裁きを糺す力である。前者だけが強調されて語られることが多いが、物語の後半を動かしているのは後者である。
関わる伝承
スリランカのタミル人にはカンナギ・アンマンとして、ケーララではバガヴァティーとして、シンハラ仏教ではパッティニとして祀られる。同じ人物が、三つの言語圏と二つの宗教にまたがって女神になっている。
パッティニ信仰は、スリランカのシンハラ仏教における主要な民間信仰の一つである。ガジャバーフ王が2世紀にこの信仰をスリランカへ導入したという伝承があり、タミルとシンハラの文化交渉を論じる際に必ず言及される。
文化的足跡
マリーナ・ビーチのカンナギ像は、1968年にタミル・ナードゥ州政府によって建てられた。2001年に撤去され、2006年に元の位置へ戻されている。この撤去と復元は当時大きな論争を呼び、像が単なる文学作品の記念碑ではなく、タミルの言語と自意識をめぐる象徴として扱われてきたことを示した。
日本語圏では『シラッパディハーラム』の翻訳が乏しく、この人物の名が挙げられることはまずない。しかしタミル文学における位置は、日本文学における『源氏物語』の登場人物に比しうるものである。