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磯撫で
PLATE — 磯撫で
YAMATO · 日本神話
磯撫で

磯撫で

いそなで · 磯撫 · 巨口鰐

Takehara Shunsen (竹原春泉, Japanese, *?, †?) PUBLIC DOMAIN

西日本近海に伝わる怪魚。サメに似て尾に無数の針を持ち、北風のとき海面を撫でるように近づいて人を海へ引き込むとされる。『絵本百物語』が伝える。

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解説

概要

磯撫で(いそなで)は、肥前松浦をはじめ西日本の近海に伝わる怪魚。外見はサメに似て、尾びれには、おろし金のような細かい針が無数に生えている。北風の強く吹くとき現れて船を襲い、尾の針で人を海へ引き込んで食らうとされる。江戸時代の奇談集『絵本百物語』がその姿を伝える。古書『本草異考』では巨口鰐(おおぐちわに)の名で呼ばれた。

由来と物語

磯撫での恐ろしさは、その襲い方の巧みさにある。水を蹴立てて泳ぐのではなく、あたかも海面を撫でるように音もなく近づき、人を襲う瞬間まで決して姿を見せない。船の上の者が異変に気づくことはまずない。ふと海の色が変わったと思い、仰ぐような風を感じたとき、それはすでに海面から浮かび上がった磯撫での尾が起こした風であり、気づいた頃には尾びれの針に捕らえられている。

魚を釣るはずの人間が、逆に魚に釣り上げられる——この皮肉が、磯撫でという怪異の核にある。船乗りにとっては、防ぎようのない恐怖であった。名の由来には、海面を撫でるように現れることによるとする説と、尾で人を襲う様子が撫でるように見えることによるとする説がある。三重県熊野市では、海辺に死者があると「磯撫でに撫でられたのだろう」と言い習わしたという。

図像と象徴

本項に掲げるのは、竹原春泉斎が『絵本百物語』(1841年)に描いた磯撫でである。荒れる波間から巨大な魚体がうねり上がり、船に迫る。陰影を効かせた春泉の筆は、姿を見せぬまま人を襲うというこの怪異の不気味さを、かえって一匹の巨魚の量感によって表している。磯撫での古い図像はこの一点にほぼ尽き、後世に描かれる磯撫でも、多くはこの絵を踏まえている。

象徴として読めば、磯撫では海そのものの気まぐれな殺意である。北風という季節の条件のもとに現れ、前触れもなく人を奪い、姿を残さない。海難の、とりわけ原因の分からぬ水死の説明として、この怪魚は要請されたとみることができる。海が人を「撫でて」連れ去るという言い方に、その性格がよく表れている。

関わる怪異と正体

近い怪魚に、島根県の影鰐(かげわに)がある。出雲の海に棲み、海面に映った船乗りの影を飲み込む。影を奪われた者は必ず死ぬという。ある船夫が影鰐を銃で撃ち殺したところ、浜を歩くうちにその骨が足の裏に刺さって死んだと伝えられる。姿ではなく影を奪うという点で、磯撫でとは別の趣向をもつ海の怪である。

正体については、妖怪研究家の多田克己が推測を残している。磯撫では想像上のものではなくシャチを指すのではないかというが、シャチに磯撫でのような尾の針はない。そこで多田は、室町時代に日本が中国や東南アジアと交易を始めたことに着目し、現地でイリエワニを見た日本人が、その背から尾にかけての突起を、磯撫での尾の針として語り伝えたのではないかと説く。異国の巨大な水棲動物の記憶が、西日本近海の怪魚の姿に流れ込んだ可能性である。

文化的足跡

磯撫では、鮫や鰐にまつわる西日本の海の信仰と地続きにある。豊後水道や玄界灘の沿岸には、鮫を海の神の使い、あるいは畏怖すべき存在とする伝えが古くからあり、磯撫でもそうした海への畏れが結晶した一つの形とみられる。

同じ『絵本百物語』は、海の怪異として船幽霊も描いている。現代では、水木しげるをはじめとする妖怪画家や、妖怪を扱う書籍・ゲームを通じて、磯撫では海の妖怪として紹介されている。もっとも、伝承が語る磯撫での本質は、その姿かたちよりも、姿を見せずに人を海へ引き込むという襲い方の側にある。海の上で背後から吹く一陣の風——それが磯撫でであった。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q2337784 — 骨格データの出典
Commons
Isonade — 図像カテゴリ