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PLATE — HOTU MATUꞋA
OCEANIA · ポリネシア神話
HOTU MATUꞋA

ホトゥ・マトゥア

ホトゥ・マトゥア · Hotu Matuꞌa

イースター島(ラパ・ヌイ)の伝説上の最初の入植者にして大首長で、ラパ・ヌイの人々の祖。今日所在の分からない故郷ヒヴァ(おそらくマルキーズ諸島)から双胴のカヌーで渡り、アナケナの浜に上陸した。死に際して息子たちに島を分け与え、その子孫が島の諸部族となったと伝えられる。

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解説

概要

ホトゥ・マトゥア(Hotu Matuʻa)は、ポリネシアのイースター島(ラパ・ヌイ)の伝承に語られる、島に最初に移り住んだ大首長で、ラパ・ヌイの人々の祖先とされる。今では所在の分からない故郷ヒヴァ(おそらくマルキーズ諸島)から、二隻の、あるいは一隻の双胴のカヌーで海を渡り、アナケナの浜に上陸したという。刺青師が夢のなかで見た島を目指して航海したと語られる。

神話・物語

伝承によれば、首長に仕える刺青師ハウ・マカが、夢のなかで魂となって海を渡り、東の島を見た。その夢を信じて、七人の若者が偵察に送り出された。故郷ヒヴァは海に沈みつつあった、あるいは戦に敗れたとされる。ホトゥ・マトゥアは一族を率いて東へ渡り、島でただ一つの白い砂浜、アナケナに上陸した。

ホトゥ・マトゥアは、死を前にして、息子たちに島を分け与えた。それぞれの息子が、ラパ・ヌイの諸部族(マタ)の祖となったという。部族の領地の境は、始祖が分け与えたものとして説明されている。

放射性炭素による年代測定では、ラパ・ヌイに人が移り住んだのは西暦1200年頃とされる。言語や考古学の証拠は、マルキーズ諸島から移り住んだことを支持している。ただし、ホトゥ・マトゥアの伝承が記録されたのは19世紀以降で、キリスト教化や、奴隷狩りと疫病による人口の激減を経たあとのことである。伝承の細部をそのまま史実として扱うことはできない。

図像と象徴

固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。

系譜と関係

ラパ・ヌイの始祖であり、マケマケへの信仰と並ぶ。その子孫の時代の伝承として、ハナウ・エペの物語がある。

文化的足跡

アナケナの浜には、ホトゥ・マトゥアの住まいの跡とされる場所と、修復されたモアイの台座(アフ・ナウナウ)がある。

なおポリネシアの伝統は今日も継承されている生きた文化であり、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q1269364 — 骨格データの出典