何仙姑
かせんこ · 何二娘 · He Xiangu
八仙唯一の女性の神仙。雲母の粉を食べて身が軽くなり不死を得たと伝えられ、山を飛んで果物を採り母に与えた。伝説の原型は唐宋期の複数の地方の女性像に求められる。持物は蓮の花。
解説
概要
何仙姑(かせんこ、Hé Xiāngū)は、中国の道教で信仰される八仙の一人で、八仙のなかで唯一の女性の仙人である。
神話・物語
何仙姑の伝説は、唐から宋にかけて各地で語られた何という姓の仙女たちの話が重なってできたと考えられている。最も有力な三つの原型は、唐代の広州増城の何二娘、北宋の湖南永州の何氏女、および北宋の揚州の何仙姑である。
『太平広記』が引く『広異記』によれば、唐代の何二娘は靴作りを業とし、二十歳で母と同居していた。ある日突然、母に「ここに住むのは悶々とする。遊行したい」と言い、翌日には羅浮山の仏寺へ飛んで行き、和尚に仕えた。
どこからともなく循州の山寺の楊梅の実を取ってきて、常に果実を摘んで斎に供えたため、遠近に彼女が仙を得たことが知られた。
明代に広まった伝説では、何仙姑は広州増城の生まれで、十三、四歳のころ夢に神人が現れ、雲母の粉を食べれば身が軽くなり不死になると教えた。
これに従うと身が軽くなり、山を飛ぶように行き来して果物を採り母に与えた。以後、食を断ち、里人の吉凶を言い当てるようになった。
則天武后が召したが、途中で姿を消したという。
元代の雑劇では、八仙の顔ぶれは一定せず、何仙姑の代わりに徐神翁が数えられることもあった。明代の小説『東遊記』(呉元泰)などを通じて、何仙姑を含む今日の八人が定着した。
図像と象徴
若い女性の姿で、蓮の花を手にし、ときに竹の笊を持つ。八仙それぞれの持物だけを描いて八仙を表す「暗八仙」の図案では、蓮の花が何仙姑を示す。本サイトの主画像は、何仙姑を描いた図である。
八仙に女性が一人含まれることは、この一群の構成上の特徴である。老人・若者・女・乞食・官人と、あらゆる身分と性が揃うことで、誰でも仙になりうることが示される。
系譜と関係
八仙の一。呂洞賓に桃を与えられて仙となったともいう。
文化的足跡
広東省増城には何仙姑の家廟があり、今日も参詣の対象である。八仙のなかで、女性の信者からとりわけ厚い信仰を受ける。
なお道教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。