関羽
関帝 · 関聖帝君 · 関帝聖君
後漢末の武将が神格化され、歴代王朝から封号を重ねて関聖帝君に至った。道教では武神・財神、仏教では伽藍菩薩、民間では商売繁盛の神として世界各地の華人が祀る。赤い顔と長髭、青龍偃月刀の姿。
解説
概要
関羽(かんう、?〜220年)は、中国後漢末期の武将である。字は雲長。生涯、蜀漢の創始者劉備への忠義を貫き、人並み外れた武勇を持ち、義理を重んじたことから同時代の多くの人々から称賛された。
死後には歴代王朝から爵諡を多数贈られ、のちに関帝(関聖帝君・関帝聖君)として神格化されると、中国国内に留まらず世界各地の華人・華僑から厚く信仰されるようになった。
本項は歴史上の武将としての生涯ではなく、神格としての関帝を扱う。
神格化の経緯
関羽の神格化は、死後まもなく荊州の地方信仰として始まった。隋代に天台宗の智顗が玉泉山で関羽の霊に遭い、これを仏教に帰依させて伽藍神としたという伝えがあり、仏教寺院の守護神——伽藍菩薩——としての位置が生まれた。
宋代以降、王朝は関羽に次々と封号を贈った。北宋の徽宗が「忠恵公」、次いで「義勇武安王」、明の万暦帝が「三界伏魔大帝神威遠鎮天尊関聖帝君」、清の歴代皇帝がさらに称号を重ねた。武将から公、王、帝へと昇格した。
明代の小説『三国志演義』は、関羽の忠義と武勇を神秘的に描き、その神格化を民間に広めた。作中では諱で呼ぶことが避けられ、「美髯公」の通称で呼ばれる。
信仰の多様性
関帝は、道教では武神・財神、仏教では伽藍菩薩、儒教では忠義の模範、民間では商売繁盛の神として祀られる。とりわけ商人の信仰が厚く、華僑の進出とともに世界各地に関帝廟が建てられた。
財神とされる理由については、関羽が算盤を発明したという伝説、あるいは信義を重んじる商業倫理の象徴とされたことによると説かれる。香港では警察と黒社会の双方が関帝を祀ることで知られる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、関羽像である(1609年)。
赤い顔、長い髭、緑の衣、青龍偃月刀を持ち、赤兎馬に乗る姿が定型である。左右に養子関平と部将周倉を従える。
歴史上の人物が帝にまで昇格するという経緯が、この神格を規定する。中国の民間信仰において、実在の人物の神格化は珍しくないが、関帝ほど広範な信仰を集めた例はない。
関わる神格・伝承
伽藍菩薩として仏教寺院に祀られる。道教では文昌帝君と並ぶ武帝。
日本では、横浜・神戸・長崎の中華街に関帝廟があり、華僑の信仰の中心となっている。
文化的足跡
『三国志演義』を通じて、関羽は東アジア全域で最も知られた武将の一人であり、その神格としての相も広く認識されている。
なお関帝信仰は今日も世界各地の華人社会で継承されている生きた信仰である。