グラウケー
クレウーサ · グラウケ · Glauce
コリントス王クレオーンの娘。イアーソーンの新しい花嫁となるが、メーデイアの送った婚礼衣装に焼かれて死んだ。
解説
概要
グラウケー(Γλαύκη / Glauce)は、コリントス王クレオーンの娘である。クレウーサの名でも伝えられる。イアーソーンが政治的な後ろ盾を求めて婚約した相手であり、メーデイアの復讐によって焼け死ぬ。
自ら語る場面をほとんど与えられないまま殺される人物だが、その死のありようが、ギリシア悲劇のなかでも際立って凄惨な一場面を成している。
神話・物語
イオールコスを追われてコリントスに落ち着いたイアーソーンは、王の娘との縁組みを受け入れる。すでにメーデイアとのあいだに子があったが、異国の魔女との結びつきは正式の婚姻とは見なされていなかった。
メーデイアは婚礼の贈り物として、衣装と黄金の冠を送った。グラウケーがこれを身につけると、衣は肌に貼りついて燃え上がる。助けようとした父クレオーンも娘とともに焼け死んだ。エウリーピデース『メーデイア』(前431年)は、この惨事を使者の報告として語らせる。舞台上では見せず、言葉だけで描くという手法が選ばれている。
名が二つ伝わることには理由がある。エウリーピデースはこの女性を名で呼ばず、ただ「王女」「花嫁」とだけ記した。グラウケーの名はパウサニアースら後代の資料に見え、クレウーサはセネカの『メーデーア』などラテン文学に用いられる。悲劇が名を伏せたことが、二系統の呼称を生んだと考えられる。
パウサニアースは2世紀にコリントスを訪ね、「グラウケーの泉」と呼ばれる泉を記録している。毒に焼かれた王女がこの水に身を投じたのだと現地では伝えられていた。物語が地形に結びついて記憶されていた例である。
なお、テラモーンの妻となったサラミース王キュクレウスの娘グラウケーは別人である。同名の人物が複数いるため、系譜を読むときには注意がいる。
図像と象徴
グラウケーを名指した古代の作例はほとんど知られていない。メーデイアの物語を刻んだ南イタリアの壺絵やローマ石棺の浮彫では、贈り物を受け取る王女、あるいは炎に包まれる女性として現れることがあるが、銘を欠くため確定できない場合が多い。悲劇が名を与えなかったことが、図像の同定をも難しくしている。本項では主画像を置いていない。
近世以降、燃える衣装の場面はメーデイアを主題とする絵画のなかで扱われたが、そこでも視線の中心は復讐する側に置かれる。この人物が単独で描かれることはなかった。
系譜と関係
父クレオーン。イアーソーンの二番目の妻(あるいは婚約者)。メーデイアにとっては、自らが捨てられる原因であり復讐の対象である。ギリシア悲劇において、名を持たぬまま殺される若い女という型を代表する人物にあたる。
文化的足跡
セネカ『メーデーア』を経て、この人物はクレウーサの名でヨーロッパの文学に伝わった。コルネイユ『メデ』(1635年)をはじめ、近世の翻案はしばしば彼女に台詞と性格を与えている。古代が沈黙させた人物に声を与えることが、近代の再話の主題の一つとなった。