フッリーナ
フリーナ · Furrina · Furina
ローマ最初期の泉の女神で固有の神官を持ったが、前1世紀までに職能が忘れられた。ヤニクルム丘の聖なる森は、前121年にガイウス・グラックスが自死した場所として記憶される。名は「湧き出す」と同源。
解説
概要
フッリーナ(Furrina、フリーナとも)は、古代ローマの女神で、その職能は前1世紀までに不明瞭になっていた。その祭祀はローマ宗教史の最初期に遡る。固有の神官(フラーメン・フッリーナーリス)を持つ十五の神格の一つであったからである。フッリーナが水と結びついていたという証拠がある。
語源
フッリーナは泉の女神であった。ジョルジュ・デュメジルによれば、その名は水の動きあるいは湧き出しと関連する。ゴート語ブルンナ(「泉」)、ラテン語フェルウェーレ(「沸き立つ」)と同源で、*fruur から母音転換によってfurr となった。英語の fervent、effervescent、ラテン語デーフルートゥム(「煮詰めた酒」)と比較される。
聖域
ローマのヤニクルム丘の南西の斜面、テヴェレ川の右岸に聖なる泉と祠があった。この場所は今日もヴィッラ・シャッラの庭園に含まれる森として残っている。1910年の発掘で井戸と地下の水路の体系が確認され、ユーピテル・オプティムス・マクシムス・ヘーリオポリターヌス、アガティス、ニュンパエ・フッリーナエ(フッリーナの泉のニュンペーたち)への奉献碑文が見つかった。ただしこれらは後代(2世紀)のもので、井戸も本来のものではないかもしれない。
前121年、ガイウス・グラックスは政敵に追われてこの森に逃れ、ここで奴隷に命じて自らを殺させた。フッリーナの森は、共和政の最も名高い政治的な死の場所として記憶された。
祭
7月25日のフッリーナーリアがその祭であった。しかしウァッローの時代(前1世紀)には、名が残るのみで、その意味は忘れられていた。ウァッローは「今ではその名すら知る者は少ない」と書いている。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
忘れられた神であることが、この女神を規定する。固有の神官と祭日を持ちながら、ローマ人自身がその職能を忘れた。スンマーヌスと同じく、古い層の神が名だけを残して消えていく過程が記録されている。
関わる神格・伝承
泉の女神としてユートゥルナと職能が近い。後代にシリアの神々の聖域に転用された。
文化的足跡
ヤニクルムのフッリーナの森は、ガイウス・グラックスの死の場所として、ローマ史の文脈で言及される。