エーゲリア
エゲリア · エーゲリア · Egeria
第二代ローマ王ヌマ・ポンピリウスに法と儀礼を授けたとされるニュンペー。名は「女性の助言者」を意味する普通名詞として近代語に残った。
解説
概要
エーゲリア(Egeria)は、ローマ初期の歴史において、第二代の王ヌマ・ポンピリウス(在位 前715〜前672年)の神なる伴侶にして助言者という役を与えられたニュンペーである。
ローマの宗教に関わる法と儀礼を、この王に授けたとされる。その名は、女性の助言者を指す普通名詞として英語などに残った。
神話・物語
ローマ神話に先立つ存在である可能性がある。ラティウムのアリキアの聖なる森——この女神の古来の地であり、同時にディアーナ・ネモレンシス(「ネミのディアーナ」)の森でもある——に発するイタリア固有の神格だったかもしれない。アリキアには、男性形にあたるマニウス・エゲリウスも存在した。
名の解釈は分かれる。ジョルジュ・デュメジルは ē-gerere(「産み出す」)に由来すると考え、出産に関わる役割にその起源を求めた。予言者にして「聖なる書」の著者という性格は、エトルリアのウェゴイア——雷によって神意を解く『雷書』をはじめ、複数の予言の書を帰された女性——に似ている。
ヌマ・ポンピリウスとの関係が、この人物を最もよく知られたものにしている。ローマの法と儀礼の原型を定めるにあたり、王はこのニュンペーの助言を受けた。二人は夜ごと聖なる森で会い、彼女が王に神々の意志を伝えたという。ヌマが定めたとされる祭司団と暦と儀礼の体系は、こうして人間の考案ではなく神の教示として説明される。
プルタルコスはこの女神を「山のニュンペー」と呼ぶが、通常は水のニュンペーとみなされる。祭祀は聖なる森で営まれ、アリキアのネミの地と、ローマ近郊のもう一つの森がその場所であった。後者の泉はウェスタの巫女たちの専用に捧げられていた。水と乳の献酒に応じて、知恵と予言を与えたとされる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ギヨーム・ルイエ『著名人肖像集』(16世紀リヨン)に載る木版の肖像である。古代の図像ではなく、ルネサンス期の人文主義者がこの人物をどう思い描いたかを示す。
象徴として重要なのは、この人物が担う機能である。ローマの制度は、征服や制定によってではなく、ニュンペーの教示によって始まったと語られる。政治的な正統性を神の助言に帰するという構図は、古代地中海世界に広く見られるが、ローマの場合その相手が女性のニュンペーであるという点が特徴的である。
出産との関わりも伝えられ、ギリシアのエイレイテュイアに比較される。水を司ることと、予言を授けること、そして出産を助けること——三つの機能が一柱に集まっている。
関わる神格・伝承
ディアーナ型の女神と一貫して結びつけられるが、その結びつきの性格は明らかでない。アリキアのネミでは両者の祭祀が並んで営まれた。ウィルビウスやマニウス・エゲリウスといった、さらに意味の判然としない男性の神格とも関わる。ウィルビウスは後代、ディアーナとの関係からアッティスやヒッポリュトスと同一視された。
ヌマの死後、エーゲリアは悲しみのあまり泉と化したという伝えがオウィディウス『変身物語』に見える。助言者が水に還るという結末は、水のニュンペーという本来の性格への回帰でもある。
文化的足跡
英語の egeria、フランス語の égérie は、いずれも「(男性の)助言者を務める女性」を意味する普通名詞である。芸術家や政治家の背後にいる女性を指す語として、19世紀以降広く用いられてきた。
ローマ近郊のカッファレッラ渓谷には「エーゲリアの泉」と呼ばれる遺構が残り、18世紀以降のグランド・ツアーにおける名所となった。ゲーテやバイロンが訪れ、その詩に書き留めている。神話上の泉が、近代ヨーロッパの旅行文学の一節になっている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。