チャスカ・コイリュル
チャスカ · チャスカ・コイリュル · Chaska Qoyllur
暁と黄昏、美と花を司るインカの女神で、金星とみなされた。名は「乱れ髪の星」を意味し、星の光が四方に伸びる様子による。夜のあいだ花に露を置き、未婚の娘を守るとされた。記述はスペイン側の記録によりギリシア・ローマの枠組みを含む。
解説
概要
チャスカ・コイリュル(チャスカとも)は、インカの人々が金星とみなした女神である。名はケチュア語で「乱れた髪の星」を意味し、四方に伸びる星の光を乱れた髪にたとえたものとされる。明けの明星と宵の明星として暁と黄昏を司り、夜のあいだに花に露を置くとされた。美と花、若い娘を守る女神でもある。ただし、その記述はスペインの支配下で書かれた記録によるもので、ローマの女神ウェヌスに重ねる理解にはヨーロッパの枠組みが入り込んでいる。
なお本サイトの分類では、インカ/アンデスの体系に含めて扱う。
乱れた髪の星
「チャスカ」はケチュア語で「乱れた髪」「もつれた髪」を意味し、「コイリュル」は「星」を意味する。あわせて「乱れた髪の星」、つまり金星である。星の光が四方に伸びるさまを、乱れた髪にたとえたとされる。
暁と黄昏
金星は、明けの明星としても宵の明星としても現れる。チャスカは暁と黄昏を司り、夜のあいだに花に露を置くとされた。未婚の娘を守る、花と美の女神でもある。太陽の神インティ、あるいは月の女神ママ・キリャに仕える者ともされる。
インカの天文
インカの人々は、天体を精密に観測していた。都クスコの太陽神殿コリカンチャは、天体の運行に合わせて設計されていた。クスコからは四十一本の線(セケ)が放射状に伸び、そこに三百を超える聖所(ワカ)が配置されていた。暦や天文、土地、そして親族の関係が、この線によって結ばれていたのである。金星がふたたび同じ位置に戻る584日の周期も、暦のなかで重要な位置を占めていた。メソアメリカのマヤの人々も金星を重んじたが、両者に接触があった証拠はない。明るい星が、それぞれ独立に注目されたのである。
資料について
チャスカについての記述は、スペインの支配のもとで書かれた記録によっている。インカの母とスペイン人の父を持つ年代記作者インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベーガもこの女神に触れているが、その記述にはヨーロッパの古典に照らして組み立てられた面がある。この女神をローマのウェヌスにあたるものとみる理解そのものが、そうした枠組みによるものである。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
関わる神格・伝承
インティやママ・キリャに仕え、金星にあたる。
文化的足跡
「チャスカ」は、今日もペルーやボリビアで女性の名として用いられている。
なおアンデスの伝統は今日も継承されている生きた文化であり、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。