毘盧遮那仏
毘盧遮那仏 · 毘盧舎那仏 · 盧舎那仏
『華厳経』の中心の仏で、名はサンスクリットの「光明遍照」の音訳。宇宙の根本仏である法身仏とされ、釈迦はその化身とされる。聖武天皇が発願した東大寺の大仏はこの仏である。密教では大日如来と同一視されるが、本来は別系統の教説に属する。
解説
概要
毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)は、大乗仏教の経典『華厳経』の中心に置かれる仏である。宇宙そのものを体現する根源の仏(法身仏)とされ、歴史上の釈迦はその化身と位置づけられる。聖武天皇の発願によって造られた奈良・東大寺の大仏は、この仏である。密教では大日如来と同一視されるが、本来は別の系統の教えに属する仏である。
なお本サイトの分類では、仏教の尊格の体系に含めて扱う。
輝きわたる仏
名はサンスクリット語の「ヴァイローチャナ」(輝きわたるもの)を音で写したもので、「光明遍照」と訳された。光があまねく照らす仏という意味である。盧舎那仏や遮那仏とも略される。『華厳経』では「舎」の字を用いて毘盧舎那仏、密教の『大日経』では「遮」の字を用いて毘盧遮那仏と書き分けられる。
宇宙の根源の仏
仏教では、仏の身体を、真理そのものである法身、修行の報いとして現れる報身、衆生を救うためにこの世に現れる応身の三つに分けて考えることがある。毘盧遮那仏は、姿を持たない真理そのものとしての法身の仏とされる。『華厳経』では、歴史上の釈迦は、毘盧遮那仏が衆生を救うために遣わした、あるいはその化身とされる。毘盧遮那仏は、千枚の蓮の花びらからなる蓮華蔵世界の中心に坐すという。
奈良の大仏
743年、聖武天皇は大仏造立の詔を発した。疫病や政変に揺れる国を、宇宙の根源の仏の力によって鎮めようとしたのである。752年、インドの僧菩提僊那を導師として開眼の供養が行われた。宇佐の八幡神は、大仏の造立を助けると託宣したと伝えられる。大仏は1180年と1567年の二度、戦火で焼け、今日の頭部は江戸時代に作り直されたものである。
大日如来との関係
華厳の毘盧遮那仏と、密教の摩訶毘盧遮那(大日如来)とは、もともと別の経典の教えに属していた。名が同じサンスクリット語に由来することから、東アジアでは同じ仏とみなされるようになった。それでも日本では、華厳宗の毘盧遮那仏と真言宗の大日如来は、今日も異なる文脈で祀られている。一つの名のもとに、二つの教えの仏が重ねられているのである。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、東大寺の盧舎那仏像(奈良の大仏)である。右手は恐れを除く施無畏印、左手は願いを聞き届ける与願印を結ぶ。
関わる神格・伝承
大日如来と同一視され、釈迦はその化身とされる。
文化的足跡
東大寺の大仏は、1998年に「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録された。
なお仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。