アラ(女悪魔)
ハラ · アーラ · ラムニャ
ブルガリア・北マケドニア・セルビアに語られる悪天候の女魔物。雹の雲を畑へ導いて実りを砕く。太陽や月を呑もうとして食を起こし、呑み終えれば世界が終わるという。
解説
概要
アラ(ала、方言によりハラ хала)は、ブルガリア、北マケドニア、セルビアの民間伝承に語られる女の魔物である。雹を孕んだ雷雲を畑や葡萄園や果樹園の上へ導き、実りを打ち砕き、あるいは奪い去る。悪天候そのものの化身と言ってよい。
底なしに貪欲で、とりわけ子どもを好んで食う。その食欲は地上に留まらず、太陽や月を呑もうとして日食や月食を起こすとされた。呑み終えてしまえば世界が終わる。人がアラに出会えば、正気か身体か、あるいは命を失う。ただし敬意と信頼をもって接すれば好意を得ることもでき、気に入られた者は富み、危難のときに命を救われる。
神話・物語
姿の記述は多様で、しばしば曖昧である。黒い風、形の定まらない巨大な生き物、大きな口を持つ人型あるいは蛇型の怪物、雌の竜、鴉。人にも獣にも姿を変え、人の身体に憑くこともある。この多様さは、スラヴが持ち込んだ悪天候の魔物と、バルカン半島の先住民が持っていた同種の魔物とが融合した結果と考えられている。
セルビア中部のグルジャ地方では、アラは目に見えないが声は聞こえるとされた。黒い雹雲の前を、その強い息の音が渡っていく。ブルガリアの農民は、暗い雲の輪郭のなかに、巨大な翼と剣のように太い尾を持つ恐ろしいアラを見た。アラの雲が村の上にかかると、村人は空を見上げて鷲が現れるのを待つ。背に十字を負う猛禽が、アラの雲を畑から追い払ってくれると信じられていた。ブルガリア東部では、アラは雲ではなく突風とつむじ風のなかに現れる。ほかの地方では、巨大な角を持つ雄牛、黒い雲、暗い霧、あるいは六つの翼と十二の尾を持つ蛇のような怪物として語られた。
コソヴォのセルビア人は、アラが尾を地に垂らし、頭を雲に隠していると信じた。その頭を見た者はたちどころに正気を失う。
住処は雲のなか、湖、泉、人里離れた隠れ場所、森、険しい山、洞窟、あるいは巨大な木である。
図像と象徴
古い神像はない。祭祀の対象ではないからである。本項では主画像を置いていない。
ただし図像がないわけではない。セルビアのヴィソキ・デチャニ修道院の聖堂では、窓の上の高浮彫に、鷲が蛇のようなアラを掴み、傍らで雛がそれを見守る場面が刻まれている。ブルガリアの伝承で語られる、鷲がアラの雲を追い払うという構図が、14世紀の石に彫り出されている。
象徴の中心は天候である。雹、突風、つむじ風、日食。いずれも農耕の民にとって、予告なく襲い、なすすべのない災いである。アラを「貪欲」で説明する伝承が多いのは、それらが理由なく作物を奪っていくものだからだろう。
系譜と関係
系譜はない。むしろ敵対関係のほうが語られる。竜(ズマイ。東スラヴのズメイ・ゴルィヌィチと同系の語である)はアラの強敵で、両者は雲のなかで戦う。キリスト教化された伝えでは、竜の役を預言者エリヤが引き受ける。両者がともにアラと戦う話もある。鷲もまた守り手であり、畑からアラを追い払う。
名の由来は争われている。標準セルビア語のアラは軟口蓋摩擦音を失った方言形で、この音を保つセルビア語方言とブルガリア語ではハラと記録される。このため、もとの形は h- で始まっていたと考えられ、セルビアの学者ラデンコヴィチは、トルコ語の ala「蛇」から導く辞書類の説明を退けた。その語には h の音がないからである。代わりに提案されているのが、ギリシア語で雹を意味する χάλαζα からとする説で、ブルガリアのゲオルギエヴァが唱え、ポポフ、ゼチェヴィチ、ペトロヴィチが支持している。ビェレティチは、南スラヴ祖語の xala に遡らせ、これを「自然の猛威」を表すスラヴ祖語の語根 xal- から導いた。
起源については、北スラヴの悪天候の魔女バーバ・ヤーガとの比較が持ち出される。バーバは巨躯で大きな鼻と鉄の歯と突き出た顎を持ち、子を食い、その到来は雷雨と寒気をもたらすとされた。「ババ」という語は全スラヴ圏の習俗・信仰・地名に現れ、多くは風、闇、雨の擬人化である。ここからスラヴ祖語の段階に「ババ」と呼ばれる神格ないし魔物がいたと考える研究者もいる。南スラヴには、早春の悪天候を指す言い回し(ババ・マルタ、バビニ・ヤルツィなど)にその痕跡が残る。
バルカンに持ち込まれたこの観念が在来の信仰と結びついてアラになった、というのが有力な整理である。先住民側の源としては、ティモク渓谷のルーマニア人が語る悪天候の女悪魔ヴルヴァが挙げられる。ヴルヴァもまた雹の雲を作物の上へ導き、木を根こそぎにした。ギリシアのラミアーも寄与したと見られる。ラミアは子を食い、貪食と呼ばれる点でアラと重なる。セルビア南部と北マケドニアでは、ラミアに由来するラムニャがアラの同義語として用いられる。ブルガリアのラミヤはアラとは別の存在として残ったが、共通点は多い。
姿の記述がこれほど揺れるのは、この魔物への信仰が一様でなかったことを示している。
文化的足跡
アラは南スラヴの日常語に残る。セルビア語で大食漢を「アラのようだ」と言い、悪天候を指す表現にもその名が現れる。
この存在が全スラヴに共通しないことは、押さえておく価値がある。悪天候の魔物という観念はスラヴ圏に広く分布するが、アラという名で呼ばれるのはブルガリア、北マケドニア、セルビアだけである。バルカン半島でスラヴと先住民の信仰が合流した結果として生まれた、この地域固有の姿と見るのがよい。