倭姫命
やまとひめ · 倭姫命 · 倭比売命
垂仁天皇の皇女で、天照大神の御杖代として諸国を巡り伊勢に皇大神宮を創建したとされる。斎宮の起源。甥の日本武尊に草薙剣を与えた。巡幸の地は元伊勢と呼ばれる。卑弥呼に比定する説がある。
解説
概要
倭姫命(やまとひめのみこと)は、記紀等に伝わる古代日本の皇族。『日本書紀』では「倭姫命」、『古事記』では「倭比売命」と表記される。
第十一代垂仁天皇の第四皇女で、母は皇后の日葉酢媛命。垂仁天皇二十五年に天照大神を伊勢の地に祀ったとされ(現在の伊勢神宮)、斎宮の伝説上の起源とされる人物である。
経歴
第十代崇神天皇の皇女豊鍬入姫命の跡を継ぎ、天照大神の御杖代として大和国から伊賀・近江・美濃・尾張の諸国を経て伊勢の国に入り、神託により皇大神宮(伊勢神宮内宮)を創建したとされる。御杖代は依代として神に仕える者の意味である。倭姫命が伊勢神宮を創建するまでに天照大神の神体である八咫鏡を順次奉斎した場所は「元伊勢」と呼ばれる。
伊勢神宮を創祀したときの天照大神から倭姫命への神託は『日本書紀』に載せる。「この神風の伊勢の国は常世の浪の重浪帰する国なり。傍国の可怜し国なり。この国に居らむと欲ふ」——伊勢は常世の国からの波が何重も寄せ来る国であり、辺境ではあるが美しい国なので、この国に鎮座しよう、という意味である。
のちに景行天皇の五百野皇女に後を継がせ、東夷の討伐に向かう日本武尊(倭姫命の甥)に草薙剣を与えている。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、倭姫命の図である(1822年)。
天照大神を宮中から外へ移し、伊勢に鎮座させた者という位置が、この人物を規定する。崇神天皇の代に神の勢いを恐れて宮中から出された天照大神が、二代の皇女を経て伊勢に落ち着く。伊勢神宮の起源譚の主役である。
『倭姫命世記』(鎌倉時代、神道五部書の一)は、この巡幸を詳しく語り、伊勢神道の根本典籍とされた。
関わる神格・伝承
父は垂仁天皇、甥は日本武尊。天照大神の御杖代。斎宮の起源。
倭姫命を『魏志倭人伝』の卑弥呼に比定する説がある。神を祀る役目を負っていたことに由来するが、記紀の年代に従えば百歳を超えることになり、確証はない。
文化的足跡
伊勢神宮内宮の別宮倭姫宮(1923年創建)に祀られる。元伊勢の伝承を持つ神社は近畿・東海各地にある。
なお神道と日本の民間信仰は今日も継承されている生きた信仰であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。