太一
たいいつ · 泰一 · 太乙
古代中国における宇宙の根源を表す概念であり、天の中心の星であり、その神格。『荘子』『呂氏春秋』に見え、漢の武帝が最高神として祀ることで皇帝の唯一性を基礎づけた。哲学の概念が国家祭祀の神になった例。
解説
概要
太一(たいいつ)とは、古代中国における宇宙の根元を表す哲学的概念、または天の中心に位置する星官(星座)、またはその神格である。大一、泰一、太乙とも書く。
宇宙の起源にして全体
太一という概念は、戦国時代の諸子百家のうち道家が展開した宇宙論で登場した。宇宙の全体を統べているという説と、宇宙の起源であるという説がある。両者は排他的なものではなく、始まりであり今も全体を統べているものと理解される。
『荘子』天下篇で、関尹・老聃の説を紹介するなかに見える。常に無である事物と、常に有である事物の両者を統べるものが太一である。
『呂氏春秋』大楽篇では道のこととし、道は形がなく名づけることもできないが、強いて名づけるなら「太一」であるとし、太一から始まって両儀、陰陽、万物という宇宙生成論を唱えた。
1993年に出土した郭店楚簡『太一生水』は、太一が水を生み、水が天地を生むという独自の宇宙論を伝える。
神格として
漢の武帝は前113年、太一を最高神として甘泉宮に祀った。「太一」を天帝とし、五帝をその佐とする祭祀である。
それまでの五帝を並列する祭祀に代わり、唯一の最高神を立てることで、皇帝の唯一性を宗教的に基礎づけた。哲学の概念が、国家祭祀の神になっている。
後漢以降、この祭祀は衰えたが、道教において太一(太乙)は救苦天尊などの名で残った。
星として
北極星の傍らの星を太一星といい、天帝の座とされた。天の中心に不動の星があるという観念は、妙見菩薩や北辰信仰にも共通する。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
哲学の概念が神になるという経緯が、この存在を規定する。ギリシアのカオス、インドのブラフマンと同じく、宇宙の根源を指す語が、祭祀の対象になった。
関わる神格・伝承
漢の武帝が祀った。北極星と結びつく。道教では太乙救苦天尊。
文化的足跡
『太一生水』の出土は、中国古代の宇宙論研究を大きく変えた。それまで知られていなかった生成論の存在が確認されたためである。
なお中国の民間信仰と道教は今日も継承されている生きた信仰であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。