シー・マザー
シー・マザー · 海の母 · Sea Mither
オークニー諸島の海の霊。夏のあいだ海を鎮め、怪物ヌックラヴィーを海の深みに閉じ込める。春分の頃に冬の霊テランを打ち負かすが、夏の労苦に疲れ、秋の争いで敗れて海の支配を返す。その勝ち負けが季節の移り変わりとなる。
解説
概要
シー・マザー(「海の母」。シー・ミザーとも)は、スコットランド北方のオークニー諸島の伝承に語られる海の霊である。夏のあいだ海に住み、恐ろしい怪物ヌックラヴィーを海の深みに閉じ込めている。毎年、冬の嵐を起こす宿敵テランと海と天候の支配を争い、その勝ち負けが季節の移り変わりとなる。シェトランドでは、漁師たちが悪魔から守ってくれるようシー・マザーに祈った。ケルト神話の体系に含めて扱うが、オークニーは9世紀から15世紀までノルウェーとデンマークの支配下にあり、その民俗には北欧の層も重なっている。
神話・物語
冬のあいだ海を支配するのはテランである。春分の頃の三月半ば、シー・マザーがやって来て、テランと激しく争う。二つの霊は人には見えないが、その争いは何週間にも及び、強風と荒れ狂う海を引き起こす。この春の争いは「ヴォア・タリー」(春の争い)と呼ばれる。やがてシー・マザーはテランを打ち負かして海の深みに追いやる。夏に天候が崩れるのは、テランが逃れようともがくためである。
夏のあいだ、シー・マザーは海の生き物に子を産む力を与え、海を温めて鎮め、そよ風にやわらかな歌のような響きを添える。しかしテランを押さえ込み続ける労苦に、しだいに疲れていく。秋が近づくと、テランはその疲れに乗じて解き放たれ、ふたたび争いが始まる。「ゴア・ヴェリー」と呼ばれるこの秋の争いではテランが勝ち、シー・マザーは去る。テランは海を荒らし、凍らせ、海の生き物に子を産ませない。
名
「ミザー」は、スコットランド語で「母」を意味する語のオークニーでの形とされる。テランの名はオークニーの方言で「激しい怒り」を意味し、ノルド語の tyrren(「怒った」)に由来するとも考えられている。
図像と象徴
固有の図像は伝わらない。主画像は、オークニー諸島ストロンゼイ島の海食洞ヴァット・オブ・カービスターで、シー・マザーそのものを描いたものではない。
系譜と関係
テランと対をなして争い、夏のあいだヌックラヴィーを閉じ込める。
文化的足跡
シー・マザーとテランの物語は、オークニーで最も古い伝説の一つとされ、19世紀にオークニーの民俗学者ウォルター・トレイル・デニソンが書き留めた。
なおケルトの伝承は今日も語り継がれており、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。