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PHOENICIAN · フェニキア・カナン神話
𐤒𐤅𐤎

コース

カウス · コゼ · Qos

エドム王国の国家神。物語は伝わらず、王名や印章の人名から「王」「強い者」と考えられていたことがわかる。ヤハウェと同じ南方の神にさかのぼるとする説があり、ヘロデの時代まで祭祀の名残があった。

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解説

概要

コース(エドム語 qws、カウス。ギリシア語でコゼ)は、死海の南、今日のヨルダン南部からネゲブにかけて栄えたエドムの国家神である。イスラエルにとってのヤハウェ、モアブにとってのケモシュにあたる位置を占めた。ヘブライ語聖書は隣国の神ミルコムやケモシュの名を挙げて非難するのに、エドムの神の名だけはほとんど記さない。

神話・物語

コースについて伝わる物語はない。知られていることの大半は、神の名を含む人名から来ている。前8〜7世紀のアッシリアの記録には、ティグラト・ピレセル3世に貢ぎ物を納めたエドム王カウス・マラク、エサルハドンに貢いだカウス・ガバルの名が見える。印章や陶片の銘にも「コースは王」「コースは強い」といった名が多い。こうした名からは、コースが王であり、力強く、光と結びつき、祝福し報いる神と考えられていたことがうかがえる。

ヘブライ語聖書では神の名として単独では現れず、バビロン捕囚から帰還した神殿奉仕者の家長「バルコス(コースの子)」の名に含まれるだけである(『エズラ記』2章53節、『ネヘミヤ記』7章55節)。エジプトのエレファンティネで見つかったペルシア時代の文書にも、コースの名を含む人名が多い。

図像と象徴

コースと銘のある古代の像は知られておらず、本サイトも主画像を掲げない。名はアラビア語の「弓」(カウス)と結びつけられ、虹を弓とみる天候の神だったとする説がある。ヨルダンのナバテアの聖所ヒルベト・タンヌールには、牡牛に挟まれて玉座に座り、雷を握る神の像があり、コースがナバテアの主神ドゥシャラと習合した姿とみる研究者もいる。同じ聖所のアタルガティスの胸像がいただく鷲も、コースの徴と解されている。

系譜と関係

親や配偶神は伝わらない。祭祀はもともとヨルダン南部から北西アラビアのヒスマー地方にあったとみられ、ジャバル・アル・カウス(コースの山)という山の名が残る。エドムの神々の頂点に立ったのは前8世紀ごろと考えられている。

ヤハウェとの関係は長く論じられてきた。ヘブライ語聖書にはヤハウェがセイル(エドム)やテマンから来るという古い詩句があり(『士師記』5章4節)、エジプト新王国の地名表には「シャスの地のヤハウェ」が現れる。シナイのクンティレト・アジュルドの碑文には「テマンのヤハウェ」の句もある。こうしたことから、ヤハウェとコースが同じ南方の神にさかのぼるとする説や、エドムでも古くはヤハウェが祀られ、のちにコースに替わったとする説が出されているが、決め手はない。

文化的足跡

前2世紀末、ハスモン朝のヨハネ・ヒルカノスがイドマヤ(エドム)を征服し、住民に割礼とユダヤの律法を課した。それでもコースの祭祀はすぐには絶えなかった。ヨセフスによれば、ヘロデ王のもとでイドマヤの総督となったコストバロスはコースの祭司の家系の出で、ヘロデに背いた際には地元の支持を得るためにこの神の祭祀を復興しようとしたという。コストバロスという名自体が「コースは強い」を意味する。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q2121503 — 骨格データの出典