キキルン
キキルン · Qiqirn
バフィン島周辺のイヌイトの伝承に現れる大きな禿げた犬の霊。毛は足と口と耳と尾の先にしかない。その存在は人と犬に痙攣を起こさせ、ときに死に至らせるが、名を呼ばれると恐れて逃げる。
解説
概要
キキルンは、カナダ北東部のバフィン島周辺のイヌイトの人々に伝わる、大きな禿げた犬の霊である。体にはほとんど毛がなく、足と口と耳の先、尾の先にだけ毛が生えている。キキルンが近くにいると、人や犬は痙攣を起こし、ときには死んでしまう。しかしキキルン自身は人を恐れており、名を呼ばれると逃げ去るという。
なお本サイトの分類では、北米先住民の神話の体系に含めて扱う。
禿げた大きな犬
キキルンは巨大な犬の姿をしているが、体のほとんどに毛がなく、足、口、耳の先、尾の先にだけ毛がある。
痙攣をもたらす
キキルンが近づくと、人も犬も痙攣を起こし、ときにはそのまま死んでしまう。発作を伴う病が、この霊のしわざとして説明されたとみられる。北極圏のそり犬のあいだに広まる病(ジステンパーなど)の痙攣との関わりを指摘する見方もある。
人を恐れる霊
恐ろしい霊でありながら、キキルンは人を恐れている。人に姿を見られると、とりわけシャーマン(アンガコック)に見られると、逃げ去ってしまうという。名を呼ばれると逃げるとする伝えもある。霊の名を言い当てることで、その力を失わせるという考え方は、スラヴの熱病の霊リホラトカの名を書き連ねた護符など、各地に見られる。
宗教学者のダニエル・マーカーは、キキルンがもたらす痙攣を、シャーマンになる者が入門のときに経験する発作を暗示したものと解釈している。同じイヌイトの伝承には、毛のない犬の姿で現れる悪しき大地の霊キールトも伝わる。
犬と人の暮らし
そりを引く犬は、イヌイトの人々の暮らしに欠かせない存在であった。北極圏には、犬にまつわる霊の伝承が多く伝わっている。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
関わる伝承
アマロクなど、北極圏の獣の霊の系列をなす。
文化的足跡
ラドヤード・キプリングは、『続ジャングル・ブック』(1895年)に収めた短編「クィクァーン」でこの霊を取り上げた。物語のなかで、クィクァーンは歯も毛もない、六対か八対の脚を持つ巨大な幽霊の犬として語られる。飢えた村のために食べ物を探す二人のイヌイトの若者は、この霊に導かれていると信じるが、その正体は、首輪の紐が絡まった二頭のそり犬であった。それでも、よく肥えた犬たちの姿を見て、若者たちは、霊が食べ物のありかへ導いてくれたのだと悟るのである。