ウェンディゴ
ウィンディゴ · ウィーンディゴー · ウィティコ
北米先住民アルゴンキン語族が伝える人食いの精霊。冬と飢餓、そして満たされることのない強欲を体現し、人肉に手を染めた者はウェンディゴと化すとされた。
解説
概要
ウェンディゴ(Wendigo)は、北米先住民の神話のうちアルゴンキン語族の諸民族が伝える、人食いの精霊である。オジブワ、クリー、ソートー、ナスカピ、イヌなど、五大湖から亜寒帯の森林地帯に暮らす人々のあいだで語られてきた。冬・北・寒さ、そして飢餓と結びつき、けっして満たされることのない強欲の化身とされる。単なる怪物ではなく、共同体が守るべき節度を説く道徳的な概念でもある点に、この存在の核心がある。
登場する物語
人がウェンディゴと化す道筋には異伝がある。徘徊する精霊に憑かれて豹変するとする伝えと、強欲に心を蝕まれた者、あるいは飢えと寒さに追いつめられて人肉に手を染めた者がそのものに変じるとする伝えとが併存する。オジブワや東部クリーでは樹木ほどの巨人として描かれ、一人を喰らうたびに体が大きくなるため永遠に満腹に至らない。飢えと肥大が同居するこの逆説ゆえに、ウェンディゴは常に痩せ細った姿で語られる。巨人の要素を欠く伝承もあり、姿は民族によって一様でない。飢饉の際、ウェンディゴと化したと見なされた者が共同体の手で処断された記録も残る。
近代の精神医学は、人肉への強迫的渇望を「ウェンディゴ精神病」という文化依存症候群として記載した。ただしこの概念そのものに対しては、外部の観察者による構築だとするマラノ(1982年)の批判があり、慎重な扱いを要する。
図像と象徴
定まった古典的図像は存在しない。オジブワの学者バジル・ジョンストンは『The Manitous』(1995年)で、乾いた皮膚が骨に張りつき、死人のような灰色の肌、落ちくぼんだ眼、裂けて血の滲む唇をもつ、掘り起こされた骸骨さながらの姿として描いた。心臓が氷でできている、あるいは全身が氷であるとする伝えもある。語源には「己のためだけに」を意味する語を当てる解釈があり、この存在が飢餓と冬、そして人肉食のタブーの象徴であると同時に、強欲と過剰への戒めであったことを示す。なお角をもつ鹿の頭骨の怪物という造形は二十世紀以降のホラー表現による発明であり、本来の伝承とは異なる。
関わる伝承
ウェンディゴは、分かち合いを美徳とし過剰を戒めるアルゴンキン社会の倫理と分かちがたく結びついている。ヨーロッパの人狼や食人怪物の物語とは起源を異にするが、フランス系カナダの毛皮交易者の口承では両者が交差し、境界を越えて語り継がれた。
文化的足跡
オジブワの画家ノーヴァル・モリソーが主題に採り、文学ではアルジャナン・ブラックウッドの短編「ウェンディゴ」(1910年)、マーガレット・アトウッドやジョゼフ・ボイデン、スティーヴン・グレアム・ジョーンズらが取り上げた。現代のホラー小説やゲームにもしばしば登場する。もっとも、こうした翻案が本来の文化的文脈を離れて消費されることには、先住民の側から流用への批判も向けられている。