ポポカテペトル
ポポカテペトル · 煙る山 · Popocatepetl
メキシコ中央部の活火山で、名は「煙る山」を意味する。恋人イスタクシワトルの死を知って遺体を山上に運び松明を掲げ、その噴煙が今も松明の火であるとされる。征服前から雨の神の山として祀られ、子供の犠牲が捧げられた。
解説
概要
ポポカテペトル(ナワトル語で「煙る山」)は、メキシコ中央部の標高5,426メートルの活火山であり、同時にアステカの伝説の人物である。
隣接するイスタクシワトル(「白い女」)と対をなす。
なお本サイトは、山そのものではなく、これに結びつく伝説の人物を扱う。
伝説
伝説によれば、ポポカテペトルはアステカの戦士であり、王女イスタクシワトルと愛し合っていた。
王は戦の勝利を条件に娘を与えると約束したが、不在中に偽りの戦死の報が伝えられ、王女は悲嘆のうちに死んだ。
戻ったポポカテペトルは遺体を山上に運び、傍らに跪いて松明を掲げた。雪が二人を覆い、二つの山になった。
今も煙を上げる。 ポポカテペトルの噴煙は、恋人を見守り続ける松明の火であるとされる。
この物語は19世紀に整えられたものであり、征服前の資料に確認されない。山の形と火山活動を説明するために後代に作られたとみるのが妥当である。
征服前の信仰
二つの山は、征服前から聖なる山として祀られていた。
雨の神の山。 メソアメリカにおいて、山は水の貯蔵庫である。雲が山にかかり、雨が降る。トラロックは山に住むとされた。
山頂と山腹の遺構から、供物——石の像、香炉、犠牲にされた子供の遺骨——が発見されている。
子供の犠牲。 雨を乞う儀礼において、子供が犠牲に捧げられた。子供の涙が雨を呼ぶとされたためである。トラロックの祭において、泣かせるために子供の爪を剥いだという記述がサアグンにある。
噴火の記録
ポポカテペトルの噴火は、アステカの絵文書に記録されている。
1519年、コルテスの部下ディエゴ・デ・オルダスが登頂を試み、硫黄を採取したという記録がある。ヨーロッパ人による最初のメキシコの火山登攀である。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ポポカテペトル山の写真である。
関わる神格・伝承
イスタクシワトルと対をなす。トラロックの祭祀と結びつく。
文化的足跡
「ポポ」の名で親しまれ、メキシコの象徴の一つである。1994年に活動を再開し、今日も噴煙を上げている。