大鯰
大鯰 · 鯰 · 地震鯰
日本の伝承で、地震を起こすとされた巨大な鯰。地中に潜み、鹿島神が要石で押さえているが、その力が緩むと暴れて大地を揺らす。安政の大地震のあと、鯰絵が大流行した。
解説
概要
大鯰(おおなまず)は、日本の伝承において地震を起こすとされた巨大な鯰である。日本の地の底に潜み、その身をよじって暴れると大地が揺れる、とされた。常陸国の鹿島神宮の神が、要石(かなめいし)と呼ばれる石でこの鯰を押さえ込んでいるが、その力が緩んだ隙に鯰が暴れて地震が起こる、という民間信仰が広く語られた。天変地異を一匹の魚のふるまいに託した、日本ならではの妖怪である。
由来と物語
地震を地中の生き物の動きと結びつける想像は古く、かつては龍などが揺れの主とされたが、近世に入って大鯰の像が定着した。この鯰を鎮めるのが、鹿島神宮に祀られる武神、武甕槌神(たけみかづち。鹿島大明神)である。神宮の境内には、地上にわずかしか頭を出さない要石があり、その巨大な根が地中で鯰を刺し貫いて動きを封じている、と信じられた。徳川光圀が七日七晩掘らせても石の根に達しなかった、という逸話も伝わる。
この信仰には、季節の理屈も添えられた。旧暦十月は神無月(かんなづき)——全国の神々が出雲へ集うため、鹿島の神も留守になる。その隙に鯰が暴れるのだ、というのである。留守を預かるえびすが居眠りしている間に鯰が動いた、と描く絵もある。
図像と象徴
大鯰の姿が一気に広まったのは、安政二年(一八五五)の安政江戸地震のあとである。一万人ともいわれる死者を出したこの大地震の直後、「鯰絵(なまずえ)」と呼ばれる木版画が数百種も刷られ、江戸の町に出回った。本項に掲げる「鹿島要石真図」も、鹿島神宮と要石を上に、鯰を押さえる武甕槌神を下に配した鯰絵の一つである。
鯰絵に描かれた大鯰は、一様ではない。神や人々に懲らしめられる災いの元凶として描かれる一方で、地震で潤う職人たちに担がれ、金持ちに貯め込んだ富を吐き出させる「世直し」の担い手としても描かれた。破壊者であると同時に、世の富を均す者——この両義性が、鯰絵という異様な出版現象を生んだ想像力の核にある。
関わる神と信仰
大鯰と切り離せないのが、これを鎮める鹿島の神、武甕槌神である。武甕槌は、出雲の国譲りで使者となった武神であり、その武威が、地震という大地の暴威を抑える力と重ねられた。鹿島神宮と、対をなす香取神宮には、それぞれ鯰の頭と尾を押さえるという要石が今も伝わる。地震という避けがたい災いを前に、人々はこの神と石に、鎮めの願いを託してきたのである。
文化的足跡
鯰と地震の結びつきは、近代以降も生き続けた。地震を予知する魚という俗信は今も語られ、緊急地震速報の図案に鯰が用いられるなど、大鯰は災害と隣り合わせに暮らす人々の記憶に刻まれている。漫画やゲームにも地震の象徴として登場するが、そこでの造形は創作であり、伝承の伝える大鯰の姿とは切り分けて捉える必要がある。