摩多羅神
またらじん · 摩多羅三神 · 後戸の神
天台宗の常行三昧堂と玄旨帰命壇の本尊で、念仏の守護神。烏帽子をかぶり鼓を打つ翁の姿で二童子を従える。インドの母神群マートリカーに起源を持つとされ、広隆寺の牛祭で知られる。
解説
概要
摩多羅神(またらじん)は、密教、とりわけ天台宗の玄旨帰命壇における本尊で、阿弥陀経および念仏の守護神ともされる。後世「後戸の神」とされ、翁や宿神、秦河勝などと同一視されたが、研究が進展した現在では見直されている。
性格をめぐる研究
服部幸雄は「摩多羅神は後戸の護法神である」とした。一方、山本ひろ子は摩多羅神の性格を「歌舞に関わる芸能神」「常行三昧堂の道場神」「玄旨帰命壇の本尊」の三つに分類し、「後戸の護法神」としての性格は「必ずしも摩多羅神が祀られるのは後戸ではない」として否定した。
服部の説は、能楽の起源を後戸の神に求める議論の一環として影響力を持ったが、今日では文献上の根拠が乏しいとされる。
中国における摩多羅神
中国における摩多羅神の初見は、唐の不空金剛訳の『蕤呬耶経』である。曼荼羅の最外院西面に「諸摩怛羅神」を置くとある。マータラ——サンスクリットのマートリカー(母神群)——が原語とみられ、インドの七母神が仏教の曼荼羅に取り込まれたものが起源とされる。
日本における摩多羅神
円仁が唐から帰国する際、船中で摩多羅神の声を聞いて念仏の守護神として勧請したという伝えがある。比叡山の常行三昧堂に祀られ、天台宗の常行堂の後戸に安置された。
中世には玄旨帰命壇という秘儀の本尊となり、性的な象徴を含む口伝が伝えられたが、江戸時代に邪義として禁じられた。
京都・広隆寺の牛祭(10月12日)は、摩多羅神を祀る奇祭として知られる。白い紙の仮面をつけた摩多羅神が牛に乗り、四天王を従えて祭文を読む。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、広隆寺の牛祭の写真である(1928年)。
摩多羅神は、烏帽子をかぶって鼓を打つ翁の姿で表され、左右に丁礼多と爾子多という二童子を従える。二童子は笹と茗荷を持って舞う。三者を合わせて摩多羅三神という。
芸能との結びつきが、この神を規定する。鼓を打ち、童子が舞う。念仏の守護神が、同時に歌舞の神である。
関わる神格・伝承
天台宗の常行三昧堂の守護神。阿弥陀如来の念仏を守る。マートリカー(七母神)に起源を持つとされる。
宿神、翁、秦河勝との同一視は中世の伝承であり、今日の研究では慎重に扱われる。
文化的足跡
広隆寺の牛祭は「京都三大奇祭」の一つに数えられたが、牛の調達が困難となり、近年は休止されることが多い。
なお日本の仏教と神道は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。