ケール
ケール · ケーレス · テネブラエ
疫病と破滅をもたらすニュクスの娘たちで、戦場で死者の血を吸う有翼の精霊。穏やかな死のタナトスに対し暴力的な死を表す。ゼウスが黄金の秤に二人の英雄のケールを載せて量る「魂の計量」の場面で知られる。
解説
概要
ギリシア神話において、ケール(Keres、単数形ケール Κήρ)は、疫病と破滅をもたらす悪意ある精霊であった。死にゆく戦士と死者を貪り食う。
ケーレスはニュクスの娘たちであり、それゆえ魂の運命を司るモイライのような存在の姉妹である。キケローのような後代の権威は、これらをラテン語名テネブラエ(「闇たち」)と呼び、エレボスとニュクスの娘とした。
性格
『イーリアス』において、ケーレスは戦場に現れる。「一人は生きて傷を負い、一人は傷なく、一人は死んで引かれてゆく。その衣は人の血に赤く染まっていた」——アキレウスの楯の描写に、ケールが現れる。
赤い衣をまとい、爪と歯を持ち、死者の血を吸う。禿鷹や犬に似た貪欲な姿で描かれる。
タナトスが穏やかな自然死を表すのに対し、ケールは暴力的な死、戦場の死、疫病による死を表す。同じ死でも、その様態によって別の神格が担う。
ケーロスタシアー
『イーリアス』第22歌において、ゼウスは黄金の秤にアキレウスとヘクトールの二つの死の運命(ケール)を載せて量った。ヘクトールの側が下がり、その死が定まった。
この「魂の計量」(ケーロスタシアー)の場面は、壺絵に繰り返し描かれた。エジプトの心臓の計量と比較されることがあるが、こちらは罪の計量ではなく、どちらが死ぬかの決定である。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ケーロスタシアーを描いた図である。
小さな有翼の人影として描かれ、死者の口から飛び出す、あるいは戦場を舞う姿で表される。
パンドーラーの壺から飛び出した災いをケーレスとする解釈もある。
関わる神格・伝承
母はニュクス。モイライ、タナトス、モロスと姉妹あるいは近縁。
アテーナイのアンテステーリア祭において、家の戸に瀝青を塗ってケーレスを追い払う習俗があった。死者の霊が家に入るのを防ぐためである。
文化的足跡
「ケール」の語は、ギリシア語で「死の運命」「破滅」を意味する。ホメーロスの用法が古典期以降の文学に受け継がれた。