カンダケ
カンダケ · カダケ · ケンタケ
クシュ王国の女王あるいは王母を指すメロエ語の称号。浮彫で王と同じ大きさで敵を打つ姿に描かれ、女性の地位の高さを示す。ローマと戦ったアマニレナスは奪ったアウグストゥス像の頭部を神殿の階段下に埋めた。『使徒行伝』にも現れる。
解説
概要
カンダケは、ナイル川上流に栄えた古代クシュ王国で、女王あるいは王の母を指した称号である。メロエ語の称号で、自ら国を治めた女性もいれば、王の妃や姉妹、母であった女性もいる。紀元前25年頃にはローマと戦い、奪ったアウグストゥス帝の像の首を神殿の階段の下に埋めたことが、考古学の発掘で確かめられている。神ではないが、この地域の王権と宗教を理解するうえで欠かせない称号である。
なお本サイトの分類では、ヌビア・クシュの体系に含めて扱う。
王と並ぶ女王
カンダケの称号を負った女性は、六人か七人が確かめられている。自ら国を治めた者、王の妃であった者、王の姉妹や母であった者などさまざまで、自分の宮廷を持って土地を治め、子が成人するまで摂政を務めることもあった。神殿の浮彫では、カンダケは敵を打ち倒す姿で表される。ナカの獅子神殿では、王ナタカマニと女王アマニトレが、同じ大きさで同じ仕草をとって描かれている。エジプトでは王妃は王より小さく描かれるのがふつうであり、クシュでは女性の地位が高かったことがうかがえる。
ローマとの戦い
紀元前25年頃、クシュはローマと戦った。このとき国を治めていたカンダケは、アマニレナスである。ギリシアの地理学者ストラボンは、クシュの女王が片目であったと書き残している。クシュの軍勢はアスワンを襲い、アウグストゥス帝の青銅像の首を奪い去った。そしてその首を、メロエの神殿の入口の階段の下に埋め、人々が踏みつけるようにした。1910年にこの首が掘り出され、今日「メロエの頭部」として大英博物館に収められている。敵の像を足元に置くという行為が、発掘によって確かめられた例である。戦いののち、クシュはアウグストゥスと有利な条件で和議を結んだ。
使徒行伝のカンダケ
新約聖書の『使徒行伝』8章には、「エチオピア人の女王カンダケの高官である宦官」が登場し、フィリポから洗礼を受ける。エチオピア正教会では、この人物は重要な位置を占めている。ここでいう「エチオピア」は、今日のエチオピアではなくヌビアを指す。また、聖書の記述から「カンダケ」が人の名と受け取られることがあるが、実際には称号である。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ナタカマニ王とアマニトレ女王の名を刻んだ舟の台座(ワド・バン・ナガ出土、ベルリン・エジプト博物館蔵)である。
関わる伝承
アマニレナス、アマニシャケト、アマニトレらがこの称号を負った。
文化的足跡
2019年のスーダン革命では、デモに加わった女性たちが「カンダケ」と呼ばれた。古代の女王の称号が、現代の政治運動の象徴となったのである。