ゲロー
ゲッロー · ギッルー · Gyllo
幼くして死んだ娘の霊とされ、嬰児を害すると恐れられたギリシアの妖怪。サッポーの断片に名が見え、ビザンツを経て近代ギリシアの民俗にまで残った。
解説
概要
ゲロー(Γελλώ / Gello)は、嬰児と産婦を害すると恐れられたギリシアの女の妖怪である。若くして死んだ娘の霊であり、子を持たずに死んだ恨みから他人の子を奪うのだとされた。
古代から近代まで、絶えることなく信じられ続けたという点で、ギリシアの妖怪のなかでも際立っている。前7世紀の詩人の断片から、ビザンツ期の護符、そして20世紀の民俗誌まで、名の連なりが途切れない。
登場する物語
最も古い言及は、レスボスの詩人サッポーに帰される断片である。ビザンツ期の辞書『スーダ』が引くところによれば、「子供好きの点でゲローよりも」という言い回しが諺として用いられ、若くして死んだ娘の名から出たとされる。子供を好みすぎる者を指す皮肉であり、好むとは奪うことだったという理解が前提になっている。
古註の一つは、ラミアーの別名としてモルモーとゲローを挙げる。モルモーと同様、境界の曖昧な一群に属していたことが分かる。
ビザンツ期に入ると、この妖怪をめぐる文書が急に増える。産室に貼る護符、悪魔祓いの祈祷文、そして「ゲローの十二の名」を列挙して力を封じる文書が数多く伝わった。名を知れば制圧できるという発想に基づくもので、聖シシニオスが妖怪を捕らえてその名を言わせる説話が定型となる。この型は、ユダヤ教のリリート伝承や、コプト・エチオピアの護符とも共通しており、東地中海一帯に広がる産育の不安の系譜に属する。
近代ギリシアの民俗では、ギッルー(γιλλώ)などの形で各地に伝わった。乳児の突然死や、産褥の異常を説明する存在として機能し続けたのである。医学が説明を与えるまで、この妖怪が説明を担っていた。
図像と象徴
古代の作例は知られていない。ビザンツ期以降には、護符の図像に現れる。馬に乗った聖者が、蛇の下半身を持つ女を槍で刺す構図が代表的で、これは聖シシニオスがゲローを制圧する場面と解される。護符そのものが図像を必要としたのであって、物語が図像を求めたわけではない。
本項では、古代の作例が存在しないため主画像を置いていない。
関係する神格・退治した英雄
系譜を持たない。ラミアー、モルモーとしばしば同一視され、エンプーサとも近い列に置かれる。いずれも子を持たずに死んだ女、あるいは子を失った女が他人の子を襲うという型に属する。産育をめぐる不安が、人格を与えられたものと理解される。
文化的足跡
19世紀以降の民俗学は、この妖怪を「子殺しの女悪魔」の一例として、リリート、ラミアー、ローマのストリークスと並べて論じてきた。ただし、これらを同一の起源に遡らせる説には慎重であるべきである。乳幼児の突然死という現実が、どの社会にも同じ形の不安を生むことの現れとみるほうが穏当だろう。
現代ギリシア語では、子供を脅す語としての用法はほぼ失われた。だが民俗誌の記録は20世紀に及んでおり、二千六百年にわたって記録の残る妖怪ということになる。