ディブック
ディブック · ディブク · Dybbuk
行き場を失った死者の魂が生者に取りつくというユダヤの憑依の観念。悪魔ではなく人の魂であり、果たせなかった目的があって憑く。アンスキーの戯曲(1914年)と1937年の映画は、滅ぼされる直前の東欧ユダヤ文化の記録でもある。
解説
概要
ディブックは、ユダヤの民間信仰において生きた人に取りつくとされる死者の霊である。名はヘブライ語の動詞ダーヴァク(「付着する」「しがみつく」)に由来するイディッシュ語で、霊が宿主に貼りついて離れないさまを言い表している。取りついた霊は、目的を果たすか、悪魔祓いを受けるかして、ようやく宿主の身体を離れる。
なお本サイトの分類では、アブラハムの体系に含めて扱う。
行き場を失った魂
ディブックは悪魔ではなく、人間の魂である。罪を犯した者や、正しく葬られなかった者の魂が、地獄(ゲヒノム)にも天にも行けずにさまよい、安らぎを求めて生者の身体に入り込むと考えられた。キリスト教の悪魔憑きが人ならざるものによる憑依であるのに対し、ここで取りつくのはかつて生きていた誰かであり、多くの場合、果たせずに終わった何かを抱えている。それが果たされれば、霊はおのずと去る。
悪魔祓い
霊を追い出すのはラビの役目であった。十人の成人男子(ミニヤン)を集め、白い装束をまとい、雄羊の角笛(ショーファル)を吹き鳴らす。ラビは霊に名を問い、なぜ来たのかを問いただし、従わなければ破門(ヘレム)を宣告すると迫る。霊は足の小指から抜け出し、そこに小さな穴が残るとされた。悪魔祓いは個人の治療であると同時に、共同体の秩序を確かめ直す儀礼でもあった。
記録と思想の背景
憑依の事例は、16世紀にガリラヤのサフェドで活動したカバラー学者たちの記録から現れる。イサク・ルリアの学派は、魂が転生を繰り返すという観念(ギルグール)と、他人の身体に一時的に宿るという観念(イブール)を整え、ディブックはこの枠組みのなかで理解されるようになった。17世紀から19世紀にかけては、東欧のユダヤ人共同体で多くの事例が書き留められている。
アン=スキーの戯曲
この観念を世界に知らしめたのは、シュロイメ・アン=スキー(本名ソロモン・ラポポルト)の戯曲『ディブック』(1914年)である。アン=スキーは第一次世界大戦の前にウクライナのユダヤ人村落で民俗調査を行い、その成果をもとにこの作品を書いた。生まれる前に父たちが交わした婚約の約束を破られた若者の魂が、許嫁の娘に取りつくという筋である。1937年にはポーランドで映画化され、ほどなくホロコーストによって失われる東欧ユダヤ文化の姿を留めた記録として、今日では資料的な価値も持つ。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、映画『ディブック』(1937年)の一場面である。
関わる伝承
魂の転生ギルグールの観念と結びつく。
文化的足跡
『ディブック』はイディッシュ演劇の代表作であり、失われた文化を伝える作品として今日も繰り返し上演されている。
なおユダヤ教・キリスト教・イスラームは今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその伝承と観念の歴史に関する学術的な整理である。