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ビェス
PLATE — BĚSЪ
SLAVI · スラヴ神話
BĚSЪ

ビェス

ベス · ビエス · ビイェス

A・S・プーシキン自筆の素描(1831年、『司祭とその下男バルダの物語』草稿。「老いたるビェス」と書き添えられている) PUBLIC DOMAIN

スラヴ神話の悪しき霊。キリスト教の影響下でチョルトと同義になり、聖書の「悪霊」を訳す語となった。南スラヴ語圏では「激怒」を意味する抽象名詞に転じている。

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解説

概要

ビェス(ポーランド語 bies、ロシア語 бес、スロヴェニア語・モンテネグロ語 bes、ボスニア語・クロアチア語 bijes)は、スラヴ神話の悪しき霊あるいは悪魔である。

キリスト教の影響下で、この語はしばしばチョルトと同義になった。スラヴ祖語 *běsъ に遡る。

登場する物語

キリスト教の受容後、ビェスはチョルト(ツォルト)と同じく悪魔と同一視されるようになった。古代ギリシア語でダイモーン(δαίμων)、ダイモニオン、プネウマ(πνεῦμα)と呼ばれた存在に対応する。

たとえばビェスィ(ロシア語の複数形)は、『マルコによる福音書』第5章12節の標準的なロシア語訳に用いられる。欽定訳英語聖書で「悪霊が豚に入る」とされている箇所である。ウクライナ語の bisy や bisytysia、ポーランド語の zbiesić się(「気が狂う」)と比べられる。

スロヴェニア語(bes)、クロアチア語(bijes)、セルビア語(bes)では、この語は「激怒」「憤怒」を意味する。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、アレクサンドル・プーシキンが1831年に自筆稿へ描いた素描である。『司祭とその下男バルダの物語』の写本に添えられたもので、「Старый бѣсъ」(老いたるビェス)と書き添えられている。

作者自身の手になる、この存在の数少ない同時代の図である。角と尾を備えた戯画的な姿で、19世紀ロシアの文人がこの語からどんな像を思い浮かべたかを示している。

象徴として押さえておきたいのは、語義の移動である。スラヴ祖語 *běsъ が本来どのような存在を指したかは分からない。キリスト教の受容とともに、この語は聖書の「悪霊」を訳すための語になり、南スラヴ語圏では「激怒」という抽象名詞に落ち着いた。異教の存在の名が、翻訳語と感情語の両方に転じている。

関わる伝承

チョルトとほぼ同義に用いられる。両者を区別する明確な基準は、伝承の側にも存在しない。

マレーシアのオラン・アスリの一派ジャー・フット族の神話には、ベス(bès)と呼ばれる存在がいる。密林に住み、しばしば人を襲い、憑依によって病を起こす危険な霊を広く指す語である。困らされているベスを彫った小さな木像「スピリ」を作ることで、これを手なずけることができるという。ベスがその姿を気に入れば像に移り住み、そこで特別な儀礼によって封じ込められる。そののち人々は、スピリを村からできるだけ遠ざけねばならない。ベスが解き放たれたときの怒りを避けるためである。伝統的には密林の奥深くに埋める。今日では、多くの土着の作家がスピリを土産物として観光客に売っている。

語形の一致は偶然であり、スラヴのビェスとの系統関係はない。

文化的足跡

ロシア文学において、この語は主題の名になった。プーシキンの詩『悪霊』(Бесы)、フョードル・ドストエフスキーの長篇『悪霊』(Бесы、英訳題 The Possessed)、フョードル・ソログープの『小悪魔』(Мелкий бес、1907年)。いずれも原題にこの語を含む。

ドストエフスキーの場合、題名の選択は決定的な意味を持つ。革命思想に取り憑かれた人々を描くこの小説において、ビェスは比喩ではなく、憑依という古い観念そのものを呼び出している。異教の霊の名が、キリスト教の悪霊を経て、近代の政治小説の題名になった。語の来歴が、そのまま東欧の精神史の一断面をなしている。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q2509384 — 骨格データの出典
Commons
Bies — 図像カテゴリ