鴆
ちん · 鴆毒 · 鴆酒
毒蛇を常食として体内に猛毒を蓄えるという中国の鳥。その羽毛を浸した「鴆酒」は無味無臭の毒として皇族の処刑に用いられ、正史に繰り返し現れる。実体は鉱物毒であったとする説が有力。「飲鴆止渇」の成語の由来。
解説
概要
鴆(ちん)は、中国の古文献に記述が現れる猛毒を持った鳥である。
大きさは鷲ぐらいで緑色の羽毛、そして銅に似た色の嘴を持ち、毒蛇を常食として体内に猛毒をたくわえており、耕地の上を飛べば作物はすべて枯死してしまうとされる(『和漢三才図会』)。
石の下に隠れた蛇を捕るのに糞をかけると石が砕けたという記述もある(『三才図会』)。『三才図会』の記述では、紫黒色で赤い嘴、黒い目、頸の長さ七・八寸とある。
鴆毒
『韓非子』や『史記』など紀元前の古文献では、この鳥の羽毛から採った毒は鴆毒と呼ばれ、古来よりしばしば暗殺に使われた。
鴆毒は無味無臭かつ水溶性であり、鴆の羽毛を一枚浸して作った毒酒で、気づかれることなく相手を毒殺できたという。
春秋時代の記録から漢代、唐代に至るまで、「鴆酒を賜う」——毒酒を与えて自死させる——という刑罰の記述が正史に繰り返し現れる。皇族や高官の処刑に用いられた。
実在性
鴆が実在の鳥であったかは長く議論されてきた。
1990年、ニューギニアで有毒の鳥ピトフーイが発見され、毒を持つ鳥が実在しうることが確認された。これを受けて、鴆にも何らかの実在の鳥が対応するという説が唱えられた。
ただし中国大陸に有毒の鳥が生息した証拠はなく、鴆毒の実体は鳥ではなく鉱物毒(砒素など)であったとする説が有力である。「鴆」の名が、毒殺一般を指す語として用いられた可能性が高い。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、『三才図会』の鴆の図である。
毒を蓄える鳥という観念が、この存在を規定する。毒蛇を食べることで毒を得るという説明は、毒が食物連鎖によって濃縮されるという観察に近い。
関わる伝承
鴆毒による毒殺は、中国の歴史書に無数の記録がある。
文化的足跡
「飲鴆止渇」(鴆を飲んで渇きを止む)は、目先の問題を解決するために破滅的な手段をとることを指す成語である。今日も中国語で広く用いられる。
なお中国の民間信仰と道教は今日も継承されている生きた信仰であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。