赤い竜
ウェルシュ・ドラゴン · Y Ddraig Goch · レッド・ドラゴン
ウェールズを象徴する赤い竜。中世の伝承で侵入者たる白い竜と戦ってこれを退ける存在として語られ、のちにウェールズ国旗の中心的意匠となった。
解説
概要
赤い竜(Y Ddraig Goch)は、ケルト神話の伝承世界に根ざす、ウェールズを象徴する竜である。ウェールズ語で「赤い竜」を意味し、英語ではウェルシュ・ドラゴンと呼ばれる。特定の物語の一登場獣にとどまらず、ブリテン島の先住民ブリトン人を体現する存在として中世以来語り継がれてきた。侵入する白い竜と戦ってこれを退ける赤い竜という主題は、外来の征服者に抗する土地の寓意であり、今日ではウェールズ国旗の中心をなす意匠となっている。
登場する物語
赤い竜をめぐる伝承は、複数の典拠に分かれて伝わる。物語の骨格を最初に記すのは、9世紀初頭に成立した『ブリトン人の歴史(Historia Brittonum)』である。ブリトンの王グウルセルン(ヴォーティガン)は砦を築こうとするが、石材が夜ごと消え失せて工事が進まない。エムリスという名の少年が地下を掘るよう告げ、そこから現れた二頭の竜——赤と白——が戦いを演じる。白い竜はサクソン人を、赤い竜はブリトン人を表し、いずれ赤が白を打ち破ると予言される。
一方、マビノギオン所収の「スルーズとサレウェリスの物語」は、別の枠組みで同じ二頭を語る。ブリテンを毎年襲う怪音の正体が戦う二頭の竜であり、王スルーズがこれを捕らえてズィナス・エムリスの地に埋めたとする。のちに12世紀のジェフリー・オブ・モンマス『ブリタニア列王史』は、少年エムリスを予言者マーリンと重ね、二頭の竜の戦いをマーリンの予言として語り直した。少年の名(エムリス)と地名(ズィナス・エムリス=「エムリスの砦」)が響き合う点に、伝承の重なりが見てとれる。
図像と象徴
赤い竜は、翼と鉤爪をもち、舌を伸ばして後脚で立ち上がる紋章の竜として描かれるのが通例である。この構えは西洋紋章学で「立ち上がる(rampant)」姿勢と呼ばれ、闘志を示す。赤という色は、侵入者たる白い竜との対比を際立たせ、勝利する側の徴として機能する。中世ウェールズでは、赤い竜は伝説的な王カドワラドルの紋章と結び付けられた。15世紀、ボズワースの戦いでヘンリー・テューダー(のちのヘンリー7世)が赤い竜の旗を掲げてウェールズ系の血統を誇示したことで、竜は王朝の徴としても知られるようになった。緑と白の地に赤い竜を配した現在の意匠が、正式なウェールズ国旗と定められたのは1959年である。
関わる伝承
赤い竜と対をなすのは、征服者を表す白い竜である。両者の戦いは、ブリトン人とサクソン人(アングロ・サクソン)の抗争を神話的に翻案したものと解される。物語の鍵をにぎる少年エムリスは、5世紀のブリトンの指導者アンブロシウス・アウレリアヌスに由来するとされ、後世のマーリン伝説へと吸収されていった。竜が特定の民族や王朝を体現するという発想は、同じケルト圏の島嶼部で繰り返し現れる主題である。
文化的足跡
赤い竜は、ラグビーやサッカーの代表をはじめ、ウェールズのナショナル・アイデンティティの象徴として今日も広く用いられている。竜という主題そのものの人気もあり、ゲームや創作作品でもウェールズや赤竜の徴として引かれることがあるが、その原像は、外来の征服者に抗するブリトン人の寓意にある。