清水祖師
清水祖師 · 烏面祖師 · 落鼻祖師
北宋の僧普足(俗名陳昭応)を起源とする福建省安渓の守護神。雨乞いに霊験があったと伝えられる。悪鬼に洞窟で燻されて顔が黒くなったとされ、黒い顔の像で表される。災いの前に像の鼻が落ちて知らせるため「落鼻祖師」とも呼ばれる。
解説
概要
清水祖師は、北宋の禅僧が神として祀られたもので、福建省泉州の安渓の人々が最も重んじる守護神である。法号を普足、俗名を陳昭応といい、雨乞いに霊験があったと伝えられる。黒い顔の像で表され、災いが起こる前に像の鼻が落ちて知らせるという信仰から「落鼻祖師」とも呼ばれる。中国神話・道教の体系のなかで、仏教の僧が民間信仰と道教の神となった例である。
信仰
普足は1045年に福建省永春に生まれ、幼くして出家した。橋の建設を勧めて募財し、薬を施して人々を助け、たびたび雨乞いを成功させたという。1083年、旱に苦しむ安渓に招かれて雨を降らせ、そのまま同地の蓬萊山に住んで、清水巌と名づけた庵を開いた。1101年にそこで没した。
没後も雨乞いや虫除けに霊験があるとされ、南宋の1164年に朝廷から「昭応大師」の号を贈られ、以後たびたび加封された。安渓の人々には茶の栽培を生業とする者が多く、雨乞いの霊験と結びついて、鉄観音の茶の守護神ともみなされる。
黒い顔と落ちる鼻
伝承によれば、祖師は悪鬼たちに洞窟に閉じ込められて七日七夜燻されたが死なず、顔だけが黒くなった。薬草を試して毒にあたり黒くなったとする説もある。像が黒い顔で表されるのはそのためで、「烏面祖師」とも呼ばれる。また、天災や人の災いが起こる前には像の鼻が落ちて知らせるとされ、ここから「落鼻祖師」の名が生まれた。
台湾の安渓人
清代に多くの安渓人が台北盆地へ移住し、祖師の信仰を持ち込んだ。台北の萬華にある艋舺清水巌は1787年に建てはじめられ、1790年に落成した。清仏戦争の際には、淡水の郷勇がこの廟の「蓬萊老祖」像を戦場に迎えてフランス軍を退けたと伝えられ、光緒帝から扁額を賜った。新北市三峽の長福巌(三峽祖師廟)は彫刻の精緻さで名高く、画家の李梅樹が1947年から長く再建を指揮した。
図像と象徴
黒い顔の僧の姿で表される。主画像は、正徳宮に祀られる清水祖師像である。
系譜と関係
弟子の楊道と周明、そして張・王・蘇・李の四大護法を従える。四大護法は、もと清水巌の山の鬼で、祖師に従えられたものとされる。
文化的足跡
艋舺清水巌は台北市の市定古蹟に指定されている。新北市の淡水清水巌が毎年旧暦五月に営む祭礼「淡水大拜拜」は、2013年に新北市の無形文化資産に登録された。
なお道教と中国の民間信仰は今日も信仰されている生きた伝統であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。