プレア・トーンとニアン・ニアック
プレア・トーン · ニアン・ニアック · Preah Thong
カンボジアの建国神話。インドから来た王子プレア・トーンが満潮で島に取り残され、夜の浜に現れたナーガの王女ニアン・ニアックと結ばれた。王女の父が海の水を飲み干して陸地が現れ、それがカンボジアの国土となった。新郎が新婦の衣の裾を握って歩く今日の婚礼の儀礼はこれに由来する。
解説
概要
プレア・トーンとニアン・ニアックは、カンボジアの建国を語る神話の二人である。インドから来た王子プレア・トーンが、満ち潮で取り残された島で、ナーガの王女ニアン・ニアックと結ばれた。王女の父であるナーガの王が海の水を飲み干すと陸地が現れ、それがカンボジアの国土になったという。新郎が新婦の衣の裾を握って歩く今日のクメールの婚礼の所作は、この神話に由来する。
なお本サイトの分類では、東南アジアの神話の体系に含めて扱う。二人が組で語られるため群記事とする。
島に取り残された王子
プレア・トーンは、インド、あるいは海の彼方から来た王子である。船でコーク・トロークという島に着いたが、満ち潮で島が水に囲まれ、戻れなくなった。夜、潮の引いた浜辺に、ナーガの王女ニアン・ニアックが現れた。二人は恋に落ち、結ばれた。
海を飲み干して生まれた国土
王女の父であるナーガの王は、娘の婿のために海の水を飲み干した。水が引くと陸地が現れ、それがカンボジアの国土になった。国土そのものが、ナーガの王から婿への贈り物として生まれたのである。
裾を握って海の底へ
婚礼ののち、王女は夫を海の底のナーガの国へ連れて行った。プレア・トーンは、王女の衣の裾を握って海に入った。今日のクメールの婚礼でも、新郎が新婦の衣の裾を握って歩く「ボム・ポン・スライ」の儀礼が行われている。建国の神話が、婚礼の所作として生き続けているのである。
歴史の記録と神話
3世紀の中国の史書は、東南アジアの古い王国・扶南の始まりを、インドのバラモンである混塡(カウンディンニャ)と、女王柳葉(ソーマー)の結婚として記している。外から来た男と土地の女王の結婚という点で、歴史の記録と神話は同じ構図をとっている。東南アジアがインドの文化を受け入れていった過程が、外来の王子と土地の王女の婚姻として語られたと考えられる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、プレア・トーンとニアン・ニアックの像である。
関わる伝承
ナーガの伝承に属し、メコン川のパヤー・ナークとも通じる。
文化的足跡
ボム・ポン・スライの儀礼は、今日もカンボジアの婚礼で行われている。
なお東南アジアの伝統は今日も継承されている生きた文化であり、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。