ネアック・ター
ネアック・ター · Neak ta
カンボジアの祖先あるいは土地の守護霊で、名は「祖先」を意味する。村・田・森・川のあらゆる場所にそれぞれいて、石や木の根や蟻塚として祀られ、多くは夫婦として働く。仏教が来世を、ネアック・ターが現世を担って並ぶ。アンコールのヴィシュヌ像が名を忘れられて「王の祖先」として祀られている例がある。
解説
概要
ネアック・ターは、カンボジアで村や田、森、川といったあらゆる場所に宿るとされる、土地の守り手の霊である。クメール語で「祖先」を意味し、正しく敬われるかぎり、人々と土地とそこにあるものを見守るとされる。多くは夫婦として働き、石や木の根、蟻塚として祀られる。上座部仏教と並んで、今日も人々の暮らしのなかで信仰されている。
なお本サイトの分類では、東南アジアの神話を主たる体系とし、仏教を併記する。群として扱う。
土地の主
村、田、森、川、山と、あらゆる場所にそれぞれのネアック・ターがいる。多くは石や木の根、蟻塚として祀られ、村はずれや大木の下には小さな祠がある。田を耕す前、家を建てる前、旅に出る前には、その土地のネアック・ターに許しを乞う。タイのピーや、ミャンマーのナッと同じく、東南アジアの大陸部に広く見られる土地の霊の信仰である。
仏教と並んで
カンボジアの国教は上座部仏教であるが、ネアック・ターの祠はしばしば仏教寺院の境内に置かれている。仏教が来世と功徳を、ネアック・ターが現世の安全と豊かさを受け持つという役割の分担があり、人々は矛盾なく両方に祈る。
名を忘れられた神像
アンコールの時代のヒンドゥーの神像が、のちにネアック・ターとして祀られるようになった例がある。アンコール・ワットの八本の腕を持つヴィシュヌ像は、「ネアック・ター・リーチ」(王の祖先)として祀られている。ヒンドゥー教の信仰が衰えたのち、神像はもとの名を忘れられ、土地の霊として祀られるようになったのである。インドから来た神が、土地の古い霊の信仰のなかに取り込まれていった例といえる。
失われた祠と再建
1975年から79年にかけて、クメール・ルージュは宗教を禁じ、寺院や祠を壊した。政権が倒れたのち、ネアック・ターの祠は人々の手で建て直された。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、バイヨン近くの市場の風景である。
関わる伝承
ナッ、ピーとともに、東南アジアの土地の霊の系列をなす。
文化的足跡
ネアック・ターの祠は、今日もカンボジアのあらゆる村に見られる。
なお東南アジアの伝統は今日も継承されている生きた文化であり、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。