マッシシカペウ
マッシシカペウ · 屁の神 · Matshishkapeu
ラブラドールとケベックのイヌー(イヌ)の神話で最も強い霊の一つとされる「屁の神」。カリブーの主が欲からカリブーを渡さずイヌーが飢えたとき、カリブーの主を便秘で苦しめて屈服させた。屁を通じて人に語りかけ、狩りの行方を告げるとされる。
解説
概要
マッシシカペウ(「屁の神」)は、カナダ東部のラブラドールやケベックに住むイヌーの人々の神話で、最も強い霊の一つとされる。狩りの獲物を司るカリブーの主よりも強いとされ、カリブーの主が欲からカリブーを人々に渡さなかったとき、便秘の苦しみを与えて屈服させたと語られる。屁の音を通じて、誰にでも語りかける霊である。
なお本サイトの分類では、北米先住民の神話の体系に含めて扱う。
カリブーの主を屈服させる
伝承によれば、カリブーの主は欲を出して、イヌーの人々にカリブーを渡さなかった。人々は飢えはじめた。マッシシカペウはカリブーの主のもとへ行き、人々に食べるのに足るカリブーを与えるよう求めたが、カリブーの主は拒んだ。マッシシカペウが、与えなければ病に見舞われると告げても、カリブーの主はなお拒んだ。そこでマッシシカペウは、カリブーの主にひどい便秘の苦しみを与えた。ついにカリブーの主は折れ、マッシシカペウはその苦しみを癒した。こうして人々は、再びカリブーを得られるようになったという。
イヌーの人々
イヌーの人々は、かつて「モンタニェ」や「ナスカピ」とも呼ばれ、カナダ東部の亜北極の森に住んできた。名は北極圏のイヌイトと似ているが、イヌーはアルゴンキン語族に属し、言葉も文化もイヌイトとは異なる。カリブーの狩りが、暮らしの中心であった。
屁の声
マッシシカペウは、獲物を司る霊よりも強いとされる。屁は身体のうちから出るものであり、マッシシカペウは人の身体のうちに宿る霊といえる。シャーマンでなくとも、誰にでも屁を通じて語りかけ、その音によって狩りの成否や天気を告げるとされた。屁をした者は、マッシシカペウに言葉を返したという。屁は笑いの種であると同時に、神の声でもあったのである。滑稽なものが聖なるものと結びつく例は、ジャワの道化の神スマルなどにも見られる。
記録
アメリカの人類学者フランク・スペックは、1935年の著書『ナスカピ』で、イヌーの人々の宗教を記録した。西洋の宗教観では下品とされるものが、ほかの文化では聖なる位置を占める例として、マッシシカペウは比較宗教学のなかで引かれてきた。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
関わる伝承
カリブーの主を屈服させた。
文化的足跡
マッシシカペウは、イヌーの人々のあいだで、今日も冗談と信仰の両方の文脈で語られている。
なお北米先住民の伝統は今日も継承されている生きた文化であり、物語が特定の氏族や個人に属する場合もある。本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。