マナナンガル
マナナンガル · アスワン · Manananggal
フィリピンの民間伝承の存在で、名は「分離する者」を意味する。昼は普通の女だが、夜に腰から上が下半身から離れて翼を生やして飛び、屋根の上から長い舌を垂らして妊婦の胎児の血を吸う。残された下半身に塩を振りかければ戻れず夜明けに死ぬ。1950年代の対反乱作戦で伝承が心理戦に利用されたとされる。
解説
概要
マナナンガル(「切り離す者」)は、フィリピンの民間伝承に登場する、吸血鬼のような女の怪物である。昼は普通の女として暮らしているが、夜になると上半身が下半身から離れ、蝙蝠のような翼を生やして飛び回る。屋根に止まって長い舌を垂らし、眠っている妊婦の胎児の血を吸うと恐れられた。フィリピンで恐れられる怪異の総称アスワンの一種である。
なお本サイトの分類では、東南アジアの神話の体系に含めて扱う。
分かれる身体
名は、タガログ語で「切り離す」を意味する語に由来する。夜になると、マナナンガルの腰から上が下半身から離れ、上半身は翼を生やして空へ飛び立つ。下半身は、その場に立ったまま残される。この残された下半身の切り口に塩や灰、ニンニクを振りかければ、上半身は戻ることができず、夜明けとともに死ぬという。
胎児を狙う
マナナンガルは、とりわけ妊婦を狙った。屋根の上に止まり、管のような長い舌を垂らして、眠っている妊婦の胎児の血を吸うとされた。ニンニクや塩、聖水、エイの尾で作った鞭などが、身を守るために用いられた。
東南アジアの女の霊
夜に身体の一部が離れて飛び、産婦や胎児を狙う女の霊は、東南アジアに広く見られる。タイのクラスーや、マレーシアのペナンガランは、女の首が内臓を垂らしたまま飛び回る。インドネシアやマレーのクンティラナックは、出産で命を落とした女の霊である。出産にまつわる死が多かった社会で、その死がこうした霊の仕業として語られたと考えられる。スラヴのノクニツァとも同じ役割を担っている。
心理戦に使われた伝承
1950年代、フィリピン政府とアメリカの軍事顧問エドワード・ランズデールは、反政府ゲリラに対する作戦のなかで、アスワンの伝承を心理戦に利用したとされる。殺した兵士の遺体に吸血鬼に襲われたような傷をつけて放置し、恐怖を広めたという。民間の恐れが、軍事作戦に利用された例である。ただし、この作戦の詳細は、ランズデール自身の回想に拠るところが大きい。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、フィリピンのマナナンガルを描いた2009年の図である。
関わる伝承
クラスー、クンティラナックとともに、東南アジアの女の霊の系列をなす。
文化的足跡
マナナンガルは、フィリピンのホラー映画で最もよく登場する存在の一つである。
なお東南アジアの伝統は今日も継承されている生きた文化であり、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。