フギンとムニン
フギン · ムニン · Huginn and Muninn
オーディンに仕える一対の鴉で、名は「思考」と「記憶」を意味する。日ごと世界を飛び回り見聞きしたことを告げる。オーディンは「フギンが帰らぬことより、ムニンのことをもっと恐れる」と語る。
解説
概要
フギンとムニン(Huginn ok Muninn)は、北欧神話の神オーディンに仕える一対の鴉である。日ごと世界を飛び回り、見聞きしたことを主に告げる。フギンは「思考・心」を意味する古ノルド語フグル(hugr)に、ムニンは「思う・記憶する」を意味する語に由来し、ムニンは「記憶」とも「意志・欲求」とも解される。
伝えるのは『古エッダ』の『グリームニルの言葉』、スノッリ・ストゥルルソンの『エッダ』と『ヘイムスクリングラ』、13世紀のオーラーヴル・ソールザルソン『第三文法論』に引かれる詩句、そしてスカルド詩である。
神話・物語
『グリームニルの言葉』第20節で、オーディンはこう語る。フギンとムニンは毎日広い大地の上を飛ぶ。フギンが戻らないのではないかと案じるが、それ以上にムニンが気がかりだ、と。直前の第19節には狼ゲリとフレキが歌われており、獣の従者が対になって並べられている。思考より記憶を失うことを恐れるというこの言葉は、詩の内部では説明されず、解釈の余地を残している。
スノッリ『ギュルヴィたぶらかし』第38章はこの節を引いたうえで、二羽の働きを具体的に描く。鴉たちはオーディンの両肩に留まり、見聞きした知らせをすべて耳元で語る。夜明けに放たれて世界中を飛び、朝の食事どきに戻ってくるので、オーディンは多くの出来事を知る。それゆえ人々は彼を「鴉の神」(フラヴナグズ)と呼ぶ、という。
『ヘイムスクリングラ』冒頭の『ユングリンガ・サガ』第7章は、オーディンを古の王として描く文脈で、言葉を教え込んだ二羽の鴉を持っていたと記す。鴉は遠くの国々まで飛んで知らせを持ち帰り、そのためオーディンは大いに物知りであったという。神話の従者が、ここでは魔術に長けた王の持ち物に置き換えられている。
図像と象徴
文献に先立つ図像が、スカンディナヴィアの出土品に残る。ウップランドのヴェンデル墳墓群から出た7世紀頃の兜の青銅板には、槍を構えた騎馬の戦士の頭上を二羽の鳥が飛ぶ場面が打ち出されており、オーディンとその鴉とみる解釈がある。本ページの主画像は、オスカル・モンテリウス『異教時代のスウェーデンの生活』(1905年)に載るその図である。
デンマークのレイレで2009年に見つかった10世紀頃の銀の小像は、玉座に座る人物の左右の肘掛けに一羽ずつ鳥が留まる。玉座からすべてを見渡すオーディンの座、フリズスキャールヴを表すとする説があり、人物を女神とみる説もある。
鴉は戦場で死者を食う鳥であり、戦と死者の神の従者としてふさわしい。スカルド詩ではフギンやムニンの名が鴉一般を指す詩語として用いられ、敵を倒すことを「鴉を養う」と言い表す常套句と組み合わされた。
系譜と関係
オーディンの従者で、狼のゲリとフレキと対をなす。二羽をオーディンの心そのものが身体を離れて世界を巡る姿、すなわちシャーマン的な魂の飛翔の表現とみる説が、研究者から出されている。
文化的足跡
二羽の鴉は、オーディンを描くときの定型として近代の挿絵や彫刻に受け継がれた。現代の創作でも、オーディンの肩に鴉を留まらせる造形はこの伝えに拠っている。