ゴーガージー
グッガー・ピール · ジャーハルヴィール · ジャーヒルピール
北インドで蛇の咬傷から守る神として祀られる11世紀頃の戦士英雄。ヴィール(英雄)とピール(聖者)の二重の性格を持ち、ヒンドゥーとムスリムの双方に信仰される。
解説
概要
ゴーガージー(Gogaji、グッガー・ピール、ジャーハルヴィール・チャウハーンとも)は、北インドの民間ヒンドゥー教の神格である。11世紀頃の人物とされる。
ラージャスターン、ヒマーチャル・プラデーシュ、ハリヤーナー、パンジャーブ地方、ウッタル・プラデーシュ、ジャンムー、グジャラートの各州、およびパキスタン側の隣接地域で、とりわけグージャル・カーストによって祀られる。
この地方の戦士英雄であり、聖者として崇められ、蛇の咬傷から守る神とされる。
神話・物語
歴史上の実在は定かでない。ラージャスターンの民間伝承に言及はあるものの、ダドレーワー(現ラージャスターン州)の小王国を治め、プリトヴィーラージ・チャウハーンと同時代であったこと以外は、ほとんど分かっていない。チャウハーン・ラージプート、あるいはグージャルの戦士であったとするのが一般的な語りである。
名の由来にも複数の説がある。グル・ゴーラクナートの祝福によって生まれ、母バッチャルに与えられた「グッガル」の実(グッグル)にちなむとする説と、牛(サンスクリットでガウ)への奉仕が際立っていたことによるとする説である。
記録は口承と文書の双方に存在し、内容は大きく食い違う。ラージャスターンの二人の詩人がこの伝説と結びつけられる。バールハト・アーサー(1493〜1593)とメーハー・ヴィトゥー(1550〜1600年頃)である。1660年頃のムフノート・ナイナシーの年代記には、グガまたはゴーガという名の人物が二人現れる。18世紀と19世紀のラージャスターンの吟遊詩人の資料にも言及がある。ブーンディーの資料であるスーリヤマッラ・ミシュランの『ヴァンシュ・バースカル』(1841年成立、1902年刊)では、ゴーガはアイラーヴァタの化身とされる。西洋の文献における初出は、ジェームズ・トッド『ラージャスターンの年代記と遺物』である。
資料は時代についても、同時代人が誰であったかについても一致しない。11世紀から14世紀のあいだのどこかに置くことができる、というのが実情である。伝承にはナート派の伝統と蛇信仰の影響が見られ、グッガーは戦士として武装化され、ヴィール(英雄)とピール(聖者)という二重の同一性を帯びている。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ラージャスターン州ダドレーワーに祀られるジャーハルヴィール・バーバーの神像である。
図像の定型は騎馬像である。青い馬に乗り、槍あるいは棍棒を手にする姿で表される。蛇を伴うこともある。
蛇との結びつきが、この神の職掌を決めている。蛇の咬傷から守るという役割は、蛇を制する者としての側面と、蛇そのものと化身関係にあるとする側面の双方から語られる。ゴーガ・ナウミー(バードラパダ月の黒半九日)には、蛇の形を描き、乳を供える儀礼が各地で行われる。
関わる神格・伝承
グル・ゴーラクナートの祝福によって生まれたとされることから、ナート派の伝統と接続する。同種の英雄祖霊神としては、パーブージー、ドーラー、ゴーピーチャンドがあり、ラージャスターンには英雄を神格化する大きな伝統が存在する。
ヒンドゥーとムスリムの双方に祀られる点も特徴的である。「ピール」(イスラームにおける聖者)の呼称を伴うことがそれを示す。北インドの民間信仰において宗教の境界がしばしば引かれてこなかったことを、この神格は端的に示している。
文化的足跡
ゴーガ・メーラー(ゴーガの市)は、ハリヤーナー州ゴーガメーリーで毎年開かれる大規模な祭である。数十万の参拝者が集まり、ヒンドゥーとムスリムの双方が参加する。
日本語圏では、この神格はまったく知られていない。しかし北インドの蛇咬傷をめぐる民間医療と信仰の実態を知るうえで、避けて通れない存在である。