ドルジェ・シュクデン
ドルジェ・シュクデン · シュクデン · ドルギャル
ゲルク派と結びつく護法で、17世紀の高僧の霊に由来するとされる。悟った護法か世俗の霊かをめぐって、1996年にダライ・ラマが崇拝を禁じて以降、チベット亡命社会最大の宗教的対立となった。
解説
概要
ドルジェ・シュクデン(チベット語 rdo rje shugs ldan、ドルギャル、ギャルチェン・シュクデンとも)は、チベット仏教の最も新しい宗派であるゲルク派と結びついた存在である。
ドルジェ・シュクデンは、滅ぼされたギャルポ(王の霊)、小さな世俗の護法、主要な世俗の護法、ギャルポの外見を持つ悟った主要な護法、あるいは悟った外見を持つ悟った主要な護法と、さまざまに見なされる。この位置づけの相違が、後述の論争の核心にある。
歴史
ドルジェ・シュクデンは17世紀に仏教の小さな霊として最初に崇拝された。伝えによれば、ゲルク派の高僧ドラクパ・ギャルツェンが第五代ダライ・ラマとの確執のなかで死に、その霊が護法となったとされる。
1930年代、パボンカパのもとで崇拝が増大した。パボンカパはシュクデンをゲルク派の伝統の暴力的な守護者として描き、これがドルジェ・シュクデン論争をもたらした。
論争
論争は、ドルジェ・シュクデンの性質と役割——宗派主義との結びつき、伝統的なゲルク派の教えにおける位置、悟っているか否か——と、その信奉者の行動を中心にしてきた。
1970年代以降、第十四代ダライ・ラマはシュクデン崇拝を制限し、1996年にはこれを公に禁じた。宗派間の融和を妨げる霊であり、悟った存在ではなく世俗の霊であるというのがその理由である。これに対し、シュクデンの信奉者は信仰の自由を主張し、国際的な抗議活動を行った。1997年にダラムサラで起きた僧院長殺害事件は、この対立と関連づけられて報じられた。
本項はいずれの立場にも与しない。ダライ・ラマの側とシュクデン信奉者の側の双方に、それぞれの教義上の根拠と歴史認識がある。
図像と象徴
固有の図像は存在するが、本サイトは主画像を掲げない。争点となっている尊格であるため、特定の信仰集団の図像を代表として掲げることを避ける。
図像においては、僧衣をまとい、黄色の帽子(ゲルク派の帽子)をかぶり、右手に剣、左手に心臓を持ち、雪獅子に乗る姿で表される。
関わる神格・伝承
ゲルク派の護法。ギャルポ(王の霊)の一種とされる。
チベット仏教における護法尊は、悟った存在(出世間の護法)と世俗の霊(世間の護法)に区別される。シュクデンがいずれに属するかが、論争の教義上の核心である。
文化的足跡
ドルジェ・シュクデン論争は、チベット亡命社会における最大の宗教的対立として、1990年代以降、国際的な報道と学術研究の対象となった。
なおチベット仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。