アマビエ
アマビヱ · 予言獣
江戸時代末、肥後国の海に現れたと伝わる予言獣。豊作と疫病を予言し、「私の姿を描いて人々に見せよ」と告げて海へ帰ったという。二〇二〇年、疫病除けとして再び脚光を浴びた。
解説
概要
アマビエは、日本の伝承に伝わる予言獣(よげんじゅう)の一つで、疫病除けの妖怪として知られる。弘化三年(一八四六)、肥後国(現在の熊本県)の海に現れ、豊作と疫病を予言して、「私の姿を描いて人々に見せよ」と告げ、海へ帰ったと伝えられる。江戸末期の一枚の瓦版が伝えるにすぎない、ごく素性の細い妖怪でありながら、二〇二〇年、疫病除けの象徴として一躍知られるところとなった。
由来と物語
アマビエの姿と言葉を伝えるのは、江戸時代後期に刷られた一枚の瓦版(かわらばん)である。それによれば、肥後国の海に夜ごと光るものが現れたため、土地の役人が赴くと、一体の異形が姿を見せ、「私は海中に住むアマビエと申す者なり」と名乗った。そして「当年より六年のあいだ諸国は豊作が続くが、同時に疫病も流行する。私の姿を描き写した絵を、人々に早々に見せよ」と告げて、海へ帰っていったという。
もっとも、アマビエが語ったのは予言であって、みずから疫病を鎮めるとまでは述べていない。「姿を写せば病を退けられる」という理解は、後世にふくらんだものである。アマビエは、海から現れて吉凶を告げる予言獣の系譜に連なる。同類にアマビコ(海彦)や神社姫などがあり、なかでも三本足のアマビコとよく似ることから、「アマビエ」の名はアマビコの写し間違いではないかとする説が有力である。こうした予言獣の刷り物は、不安を煽って絵を売る、瓦版屋の商いの産物でもあったとみられている。
図像と象徴
瓦版の伝えるアマビエの姿は、独特である。長い髪をもち、口はくちばしのように尖り、首から下は鱗におおわれ、三本の足(あるいは尾)で立つ。人魚を思わせるその姿は、海の異界からの使者にふさわしい。本項に掲げるのが、その肥後国の瓦版に描かれたアマビエの図である。
アマビエに託されたのは、災いをあらかじめ告げ、その姿を写すことで厄を遠ざけるという、素朴な呪術的発想である。「絵に写して見せる」という指示そのものが除災の作法になっている点は、この妖怪を特異なものにしている。姿を写すほどに功徳が広がるというその構造は、時代を越えて働くことになる。
現代の再来
アマビエの名が全国に知れわたったのは、二〇二〇年のことである。新型コロナウイルスの流行のさなか、「姿を写して見せよ」というかつての言葉が思い起こされ、人々がアマビエの絵を描いて交流サイトに投稿する動きが広がった。疫病退散を願うこの流行のなかで、アマビエは厚生労働省の啓発の図案にも用いられ、いまや現代日本で最もよく知られた妖怪の一つとなった。江戸の瓦版に一度描かれたきりの妖怪が、百七十年あまりを経て、まったく同じ「写して見せる」という作法によってよみがえったのである。
文化的足跡
現代のアマビエは、絵画やグッズ、菓子や地域の意匠に広く取り入れられ、疫病除けの愛らしい象徴として定着した。漫画やゲームにも、予言や守護の妖怪として登場する。ただし、そうした現代の造形の多くは創作であり、江戸の瓦版が伝える素朴なアマビエの姿と、後世にふくらんだ像とは、切り分けて捉えるのがよい。