マイラ
マイラー · マイラ (犬) · Maera
アテーナイのイーカリオスの娘エーリゴネーの飼犬。主人の父の亡骸へ導き、ともに死んで星となった。こいぬ座の首星プロキュオンにあたるとされる。
解説
概要
マイラ(Μαῖρα、「輝く者」)は、ギリシア神話に現れる犬である。アテーナイのイーカリオスの娘エーリゴネーの飼犬にあたる。
主人の父の亡骸を見つけ、主人とともに死んで、星となった。
登場する物語
イーカリオスは葡萄酒の神ディオニューソスの信奉者であり、この神から葡萄酒の作り方を教わっていた。旅の途中で羊飼いたちに出会い、酒を振る舞う。酔いの経験を知らなかった彼らは毒を盛られたと思い込み、イーカリオスを殺してしまった。
父の身を案じたエーリゴネーは、マイラを連れて探しに出る。犬は彼女を父の墓へ導いた。悲しみに耐えられず、エーリゴネーは首を吊り、マイラは崖から身を投げる。
これを知ったディオニューソスは怒り、アテーナイに疫いを下した。未婚の女たちがみな狂気に取り憑かれ、エーリゴネーを真似て首を吊ったのである。アテーナイ人がイーカリオスとエーリゴネーのための祭儀を定めるまで、この疫いは止まなかった。
ゼウス、あるいはディオニューソスは、三者を天に上げた。エーリゴネーは乙女座に、イーカリオスは牛飼座に、そしてマイラはこいぬ座の首星プロキュオンになったという。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
象徴として押さえておきたいのは、この犬が果たす役割である。ギリシア神話において、動物が独立した名を与えられ、星になり、祭儀の由来に関わる例は多くない。マイラは主人を導き、ともに死に、ともに天に上げられる。人と同じ扱いを受けている。
名の「輝く者」は、プロキュオンという星の明るさに対応する。全天で八番目に明るい恒星であり、その名は「犬に先立つもの」を意味する。おおいぬ座のシリウスに先立って昇ることによる。
物語の全体は、アテーナイの祭アイオーラ(振り子祭)の由来譚として機能する。娘たちが木の枝に吊るした綱に乗って揺れるこの祭は、エーリゴネーの縊死を鎮めるために始まったと語られた。
関わる伝承
主人はエーリゴネー、その父はイーカリオス。ディオニューソスの葡萄酒伝播譚の一部をなす。
葡萄酒がもたらされたとき、それを知らぬ者が毒と誤解して恩人を殺す——この筋は、新しい技術や作物の到来を語る物語に繰り返し現れる型である。
なおギリシア神話には、マイラという名の女性が複数いる。ネーレーイスの一人、アトラースの娘、プロイトスの娘、エラシーノスの娘、アプロディーテーの女祭司。またヘカベーがヘカテーの黒い牝犬に変えられたときの名もマイラである。本項が扱うのはエーリゴネーの飼犬にあたる。
文化的足跡
日本語圏でこの犬の名が挙げられることはまずない。プロキュオンという星の名は広く知られている一方、その由来として語られるのはおおいぬ座との位置関係だけであることが多い。
しかし星座譚として見れば、この物語は乙女座・牛飼座・こいぬ座という三つの星の由来を一度に説明している。人と人と犬が、同じ夜空に別々の姿で置かれた。