イーカロス
イカロス · イーカロス · Ikaros
ダイダロスの子。蝋で綴じた翼で父とともにクレータを脱出したが、高く飛びすぎて墜死した。
解説
概要
イーカロス(Ἴκαρος / Ikaros)は、名工ダイダロスの子である。父の作った翼でクレータを脱出する途中、戒めを忘れて高く飛び、蝋が溶けて海に墜ちた。
物語としては短く、彼自身は何もしない。にもかかわらず、この一場面は西洋において「限界を超えようとする者」の型として繰り返し引かれてきた。父が技術の危うさを、子がその代償を担うという分業が、この親子には与えられている。
神話・物語
父とともにクレータに幽閉された彼は、鳥の羽を蝋で綴じた翼を与えられた。父の戒めは二重である。低く飛べば海の湿気が羽を重くし、高く飛べば太陽の熱が蝋を溶かす。中間を行け、と。
オウィディウス『変身物語』第8巻はこの飛行を丁寧に描く。地上の漁師や羊飼いが二人を見上げて神と思う場面が置かれ、そのあとで少年は飛ぶことの喜びに我を忘れて舞い上がる。蝋が溶け、羽が散り、彼は腕を動かし続けながら墜ちた。父は名を呼び続け、海面に散る羽を見つける。
遺体はサモス島の近くに流れ着き、ヘーラクレースが葬ったと伝えられる。その島はイーカリアと呼ばれ、周辺の海はイーカロス海と名づけられた。ギリシアの神話では、死の場所がそのまま地名になる型が繰り返し用いられる。
なお、ヘーロドトス以来の合理的な解釈も古代からあった。翼は帆のことであり、父子は船で逃げたが子が転落したのだ、というものである。
図像と象徴
古代の作例は父との組で現れるものがほとんどで、しかも選ばれるのは飛行の準備の場面である。墜落そのものを描いた古代の作例は乏しい。
本ページの主画像はヤーコプ・ペーテル・ホーウィの《イーカロスの墜落》(一六三六〜三八年頃、プラド美術館)で、古代の作例ではない。近世以降の絵画がこの主題を選ぶとき、描かれるのは決まって落下の瞬間である。準備を描いた古代と、墜落を描いた近世という対比が、この人物の受容を最もよく示している。
系譜と関係
父ダイダロス、母はクレータの女奴隷ナウクラテーとされる。父の甥ペルディクスは、父に妬まれて殺された従兄弟にあたる。技を惜しんで甥を殺した父が、その技によって子を失うという構図になっている。
文化的足跡
ピーテル・ブリューゲル(父)に帰される《イカロスの墜落のある風景》は、農夫も羊飼いも船も、水面に消える二本の脚に誰一人気づいていない画面として知られる。W・H・オーデンの詩「美術館」(1938年)はこの絵を主題に、苦しみが起きているとき世界は別のことをしている、と歌った。
「イカロスの翼」は、身の程を超えた野心の比喩として定着している。ただしオウィディウスのテクストにおける彼は傲慢ではなく、飛ぶことの喜びに我を忘れた少年である。教訓の型が後から与えられたものであることは、押さえておいてよい。